イノベーションへの解 第10章

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (11)

経営幹部がイノベーションのマネジメントにおいて果たすべき役割は4つある。

  1. 適切な連携プロセスが存在しない場合には、さまざまな行動や決定を、自ら進んで連携させなければならない。
  2. 部下が新しいコミュニケーション、連携、意思決定のパターンを必要とする、新しい課題に直面したときには、既存プロセスの支配力を崩さなければならない。
  3. 同じような行動や決定が組織内で繰り返し行われるとき、経営幹部はこれに関わる従業員の活動を確実に導き連携させるためのプロセスを作り出さなければならない。
  4. 新たな破壊的成長事業を続けざまに立ち上げていくためには、同時進行する複数のプロセスやビジネスモデルを構築し維持する必要がある。経営幹部はさまざまな組織の橋渡しを行って、新成長事業での有益な学習を主流部門に環流させ、適切な「資源 – プロセス – 価値基準」が適切な状況で用いられるよう、押し進めなければならない。

優良企業が破壊的成長事業の創造を初めて企てるとき、経営幹部は1番目と2番目の役割を果たす必要がある。その場合、破壊は新しいプロジェクトであり、そこには必要な連携や意思決定を行うための適切なプロセスが存在しない。主流組織のプロセスのうち、破壊チームが行わなければならない仕事に役立たないものは、回避するか遮断する必要がある。

企業の成長を長期にわたって持続させる成長エンジンをつくるためには、経営幹部は3番目の役割を果たさなければならない。新しい破壊的事業の立ち上げを、周期的で反復的な課題にする必要があるからだ。そのためには、その課題に携わる従業員を繰り返し教育し、破壊的アイデアを直観的に発見して、成功につながる事業計画として形成できるようにさせることが必要である。

4番目の役割は、破壊的事業と持続的事業との橋渡しを行い、適切な「資源 – プロセス – 価値基準」が主流事業から新事業へ、そして再び主流事業へと流れるよう、積極的に監督することである。そしてこの役割こそが、不断に成長を続ける企業をマネジメントすることの本質なのである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (10)

ステップ4:部隊を訓練して破壊的アイデアを発見させる

十分に機能する破壊的成長エンジンをつくるためには、従業員、特に営業、マーケッター、エンジニアを訓練する必要がある。

彼らを教育して、持続的イノベーション、破壊的イノベーションの概念やリトマス試験について、十分理解させる。どのアイデアを持続的プロセスへと導き、どのアイデアを破壊的プロセスに差し向けるべきかを、彼らに理解させることが非常に重要となる。

この訓練は「破壊的機会を発見して、始動者と形成者に報告すること」を、組織の全員に徹底して習得させるためのシステムである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (9)

ステップ3:アイデアを形成するためのチームやプロセスを作る

アイデアが資金を獲得するために戦略・計画へと形作られていくうちに、破壊的成長の潜在能力を失ってしまう。アイデアを成功率の高い破壊的イノベーションに形成するためには、独立的に運営されるプロセスを作る必要がある。

全社レベルのコア・チーム(小規模なグループ “始動者と形成者”)を設置し、このチームに破壊的イノベーションのアイデアを収集させ、それを「リトマス試験」に適合するような破壊的事業計画にまとめる責任を持たせる。また、このチームには「確実に資金が配分されて実行に移されるような、反復可能で信頼できる確実なシステム」を開発させるのである。

コア・チームは破壊理論の実践を通じて、以下のことが対応できるようになる。

  • 破壊として形成できるアイデアと形成できないアイデアを判別することができる。
  • 破壊的イノベーションあるいは持続的イノベーションとして形成する見込みがあるアイデアを識別できる。
  • どのアイデアが既存事業の形成プロセスや資源配分プロセスに注ぎ込まれるべきかを識別できる。

コア・チームが破壊的事業を立ち上げる際には、「戦略的計画や予算策定のための既存の標準的プロセス」を用いることはできない。コア・チームのメンバーは、新事業のマネージャーに戦略的計画や予算管理のテクニックを指導する必要がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (8)

ステップ2:アイデアを適切な形成プロセスおよび資源配分プロセスへ導く経営幹部を任命する

優れた破壊的成長エンジンを作るためには、CEOまたは同等の自信と権限を持った経営幹部による、入念な指導が必要である。また「経営幹部による監督」という取り組みが特に重要なのは、成功がまだ「プロセス」よりも主として「資源」の働きによってもたらされる初期段階である。

新事業を会社の既存プロセスから免除してやり、新しいプロセスの開発が必要だと宣言する。そして、資源配分において各事業の状況や企業全体のニーズに適した判断基準が用いられるよう取り計らうことができるのは、権限を持つ経営幹部をおいて他にいない。

経営幹部は、破壊的イノベーションの理論に精通していなければならず、また破壊的潜在性を持つアイデアと、既存の持続的向上の軌跡上で活用されるべきアイデアとを区別して考えられなければならない。また破壊の足がかりを築くのに適したアイデアを、その成功率を最も高めるようなプロセスに、確実に注ぎ込むという責務を持っている。

経営幹部が果たすべき役割は、時と共に変わる。初期段階の責務は個々の成長事業の個々の決定を監督、指導することだが、やがてアイデアを収集・形成し、資金を配分するためのプロセスを監視し、指導と訓練を続け、環境における風向きの変化に目を配ることが任務となる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (7)

ステップ1:必要になる前に始める

成長エンジンは周期的に、そして財務動向ではなく所定の方針に従って、作動させなければならない。そうすれば、企業がまだ堅調に成長している間に新事業を確実に立ち上げられる上、新事業が急成長するよう圧力をかけられることがない。

成長投資に最も過した時期は、企業が成長を続けているときである。数年後にどれほどの成長が必要になるかを考慮し、それによって決定される周期で、新事業を成長事業のポー卜フオリオに加えていかねばならない。

成長しながら基盤を増強する企業は、創生期にある有望な事業を金融市場のプレッシャーから庇うことができる。有効な戦略を探し出すために、試行錯誤を重ね離陸するまでの時間的猶予を与えられるからである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (6)

企業が成長事業を連続して立ち上げ、リトマス試験を繰り返し用いてアイデアを形成するか、生成期の破壊的事業を買収するかして、確かな理論を繰り返し用いて事業構築の重要な決定を下すならば、利益ある成長事業を特定し、形成し、立ち上げるための、予測可能かつ反復可能なプロセスが生まれるはずだ。これらを行うための能力を「プロセス」に組み込む企業が、価値ある「成長エンジン」を手にする。

破壊的成長エンジンには、4つの重要な要素がある。

  1. 必要になる前に始める
    • 投資するのに最適な時期は、企業がまだ成長している間である
    • 急成長へのプレッシャーは、新事業に多くの誤った決定を下される
  2. 経営幹部による監督
    • 経営幹部が資源配分プロセスを監督する
    • 企業のプロセスのうち、どれが適当か、適当でないかを判断する
    • 破壊的事業と持続的事業との間の意思疎通を図る
  3. 専門家チーム “始動者と形成者”
    • アイデアを破壊のリトマス試験に適合するように形成する責任を負う
    • 理論を用いて状況に即した行動がとられていることを確認する
  4. 部隊の訓練
    • 市場のニーズに最も近いところにいるエンジニアと営業部隊が、何を探すべきかを理解していなければならない
    • 適切に訓練された部隊は、適切なアイデアを適切なプロセスへ送り込める

 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (5)

主流事業のプロセスや価値基準は、本質的に持続的イノベーションの実現を目的としている。そのため、破壊的成長を監督する責任は、CEOまたは同等の権限を持つ者が負わざるを得ない。

破壊の波を捉え、業界の頂点に留まった企業の多くが、創業者が会社を経営していたときに、破壊的イノベーションに取り組んでいた。以下の表10-1はその代表的な例である。

表10-1. 新たな破嬢的成長事業を立ち上げたとき、創業者によって経営されていた企業
企業 破壕的成長事業 CE0 兼 創業者
バンクワン ノンバンク・クレジットカード(ファース卜USAを買収) ジョン・マツコイ ※1
チャールズ・シュワブ オンライン証券会社 チャールズ・シュワブ ※2
デイトン・ハドゾン(ターゲット・ストアーズ) ディスカウン卜小売業 デイトン一族
ヒューレット・パッカード マイク口プロセッサ・ベースのコンピュータ デイビッド・パッカード
IBM ミニコンピュータ トーマス・ワトソン二世 ※3
インテル ローエンドのマイクロプロセッサ(セレロン・チップ) アンドリュー・グロープ
インテュイット 中小企業向け会計ソフトのクイックブックス、個人税務ソフトのターボタックス、クイッケン財務管理ソフトのオンライン化 スコット・クイック
マイクロソフ卜 インターネット中心のコンビュ一タ利用、データベース・ソフト(SQLおよびAcces)、ビジネス・ソリューション・ソフトウェア(グレート・ブレインス) ビル・ゲイツ
オラクル ソフトウェアの一元的提供(アプリケーション・サービス・プ口パイダ) ラリー・エリソン
クアンタム 3.5インチ・ディスク・ドライブ テイブ・ブラウン/スティーブ・バークリー
ソニー トランジスタを利用した家庭用電化製品 盛田昭夫
テラダイン CMOSベースのICテスター アレックス・ダーベロフ
GAP 低価格ラインのカジュアル衣料チェーン、オールド・ネイビー ミッキー・ウェケスラー
ウォルマー卜 サムズ・クラブ(会員制卸売クラブ)

サム・ウォルトン

※1 マッコイは創業者ではないが、パンクワンを成功に導いた買収戦略の主要な立案者だった。
※2 この取り組みでは、共同最高経営責任者のデイビッド・ボトラックがCEOのチャールズ・シュワブを支援した。
※3 ワトソンは創業者の息子だが、IBMのメインフレーム・テジタルコンピュータにおける成功の主な推進者だった。

 
表10-1で注目すべきは、創業者に導かれた組織が、基本的には単一事業型の企業で、破壊的イノベーションに直面した当時はそれほど多角化が進んでいなかった点である。単一事業型の企業が多いという事象は、新たな破壊的事業の創造を一層困難にする。

表10-2は“破壊的事業を推進できるのは創業者だけ”という原則に、いくつかの例外があることを示す。

表10-2破壊的事業導入時、専門的経営者が運営していた企業
企業 破壊的成長事業
ゼネラル・エレクトリック GEキャピル
ヒューレット・パッカード インクジェット・プリンタ
IBM パソコン
ジョンソン・エンド・ジョンソン 血糖自己測定器、使い捨てコンタクトレンズ、内視鏡手術と血管形成術の器具
プロクター・アンド・ギャンブル 家庭用クリーニング「ドライエル」、安価な電動歯ブラシ、歯漂白フィルム「クレスト」

 
表10-2に記載された企業の専門的経営者は、多角化された多くの事業部門からなる企業という状況で新たな破壊に着手したがために、成功がより容易になったのではないかと推測される。これらの企業は新事業の構築や買収を行い、適切に運営するための慣例やプロセスがあり、それらが破壊的成長を生み出す専門的経営者を補佐したのだと考えられる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (4)

主流組織の「プロセス」や「価値基準」によって効果的な決定を下せるような状況(主に持続的イノベーション)では、経営幹部の関与はそれほど必要とされない。経営幹部が関与する必要があるのは、主流組織の「プロセス」や「価値基準」が組織内の重要な決定を処理するのに適していないと彼ら自身が判断する場合で、一般的には破壊的イノベーションがこれに当たる。

破壊的事業のための計画を策定する際には、本質的に異なる「価値基準」を用いる必要がある。また主流事業の「価値基準」は、破壊的潜在性を秘めたアイデアを排除するようにできている。このような理由から、破壊的イノベーションは、実力のある経営幹部が自ら直接関与しなければならない状況に分類される。他方、持続的イノベーションは、権限委譲が有効な状況である。社内に適切な「プロセス」が存在する場合はその利用を推奨し、そうでない場合は不適切な「プロセス」や「価値基準」の影響力を遮断することができるのは、経営幹部だけである。

破壊は、会社全体の将来を左右する改良が生み出されている場所に起こることが多い。主流部門のマネージャーには、新たな破壊的事業で生み出されている技術やビジネスモデルのイノベーションについての十分な情報を与える必要がある。加えて、戦略と経営に関する確かな理論を学んだ経営幹部は、持続的あるいは破壊的成長事業を担当するマネージャーたちを指導して、それぞれが置かれた状況に適した行動を取るよう、指導すべきである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (3)

破壊的イノベーションを成功させるためのプロセスが生まれていない状況で、破壊的事業を成功に導くのは「経営幹部が自ら行う監督」という資源である。

経営で悩む経営幹部に必要なものは次の3つである。

  1. 状況に基づく「経営幹部関与の理論」
  2. 経営幹部の直接的関与が成功の決め手となる状況
  3. 権限を委譲すべき状況を見分ける方法

大規模な組織の上層部は、下層のマネージャーが開示しようと決めた情報のほかは、あまり多くを知ることができない。中間管理職が上層部の意思決定サイクルに何度か立ち会うと、どのような数字を示せば上層部から承認を取りつけられるかを学習する。そして上層部に承認させるために、手元にある情報の中から自分たちが推し進めるプロジェクトに都合のよい情報のみを報告する。持続的イノベーションでは、経営幹部とマネージャーの間に「情報の非対称性」が存在する。

破壊的潜在性を持つ事業は、規模こそ小さいものの、戦略が容易に定式化できず、利益目標も厳しいため、成否を分ける重要な決定が驚くほど頻繁に求められる。しかも、こうした決定を正しく下すためのプロセスがない。これに対し、優良企業の大規模な事業には、ニーズのはっきりした既存顧客がいて、そのニーズを満たすための精緻化された資源配分および生産プロセスがある。このような組織では、実績あるプロセスが秩序正しく機能することによって、適切な意思決定がなされる。持続的イノベーションでは、上層部が関心を払わずともうまく機能する意思決定プロセスが、成功の鍵となる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社