イノベーションの最終解 第1章
イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (12)
イノベーションの理論を用いて業界の変化を分析する方法の第一段階は、変化のシグナル(何者かが変化の機会を有利に利用しようとしている兆候)を探すことである。
企業は「新市場型破壊的イノベーションを創出して、新しい消費者の獲得を目指す」「上位市場に向かう持続的イノベーションを推進して、満たされない顧客を狙う」「ローエンド型破壊的イノベーションやモジュールへの置き換えによって、過剰満足の顧客を狙う」といった行動をとる。ルールの誕生は、このような変化を促進する。市場外のプレーヤーが「動機づけ」や「能力」を高める目的で講じる措置がイノベーションを促す場合もある。このような動きのすべてが、業界構造を根底から変える可能性のある「変化のシグナル」である。
これらの動きは、次の質問をすることで明らかにできる。
- 業界の顧客は、どのような用事を片づけようとしているのか?
- 顧客は現在の製品・サービスを十分消費していないのか、満たされていないのか、それとも過剰満足なのか?
- 企業は顧客を獲得するために、どの側面で競争しているのだろう?
- 過去にどのような性能向上に割高な価格がついたか?
- 現時点での主流は、統合型と分業型のビジネスモデルのどちらか?インターフェースは特定可能で、検証可能、予測可能だろうか?
- 目新しいビジネスモデルは、どこに現れているのか?周辺市場に成長が見られないだろうか?
- 政府やその監督機関は、イノベーションを促進または阻害するうえで、どのような役割を果たしているのか?
変化のシグナルを有利に活用する企業は、業界を成長・変革できる。一般に業界がこのような形で成長すると、今度は新規参入企業が既存企業の市場を侵食するようになる。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (11)
無消費者、満たされない顧客、過剰満足の顧客はすべて、新たな企業や新たなビジネスモデルが誕生するチャンスである。加えてイノベーションは、それが起こる環境とは切り離せない。市場外の要因、特に政府とその監督機関は、その環境を形づくるうえで極めて重要な役割を果たしている場合がある。
イノベーションが成功する環境には「動機づけ」と「能力」の2つの要素が存在する。「動機づけ」とは、イノベーションを促す市場インセンティブを指し、「能力」とは、資源を獲得し、その資源を製品・サービスに変換し、顧客に提供する能力を指す。企業がイノベーションを行う動機づけと能力を併せ持っていれば、多くのイノベーションが開花する。逆に動機づけが不足しているか、能力を妨げるような市場状況では、イノベーションは抑え込まれてしまう。
政府をはじめとする市場外のプレーヤーは、業界のプレーヤーの動機づけまたは能力に影響を与え、そうすることで業界の環境を変化させ、イノベーションに貢献する、またはイノベーションを阻害する環境を生み出す場合がある。
動機づけ/能力の枠組みを用いるには、次の3つのステップを実行する。
- 企業の現在の動機づけと能力を書き出して、現在の環境がそれぞれの種類のイノベーションにとって望ましいかどうかを考える。望ましいものでない場合、イノベーションを阻害している主な障壁を見極める。
- 市場外のプレーヤーが、企業の動機づけや能力に影響を与えるような措置を講じているかどうかを判断する。
- そのような措置が、イノベーションへの主な障壁を取り除くためのものかどうかを判断する。もしそうであれば、その措置はイノベーションを促進すると期待できる。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (10)
「バリューチェーン進化の理論」によれば、組織はバリューチェーン内の「十分でない」側面を向上させる際に影響のあるインターフェースを、全体にわたって統合化する必要がある。
製品の機能性と信頼性が顧客のニーズを過剰満足させるようになると、利便性、カスタマイズ性、価格が「十分でない」側面になる。解決すべき難問が変われば、統合化が必要な場所もそれに合わせて移動する。機能性と信頼性が十分でないとき、性能を最大限に高めようとする企業は、製品・サービスの設計と製造の重要な構成要素を統合化することが多い。
最も困難な技術的問題を解決するには、システムが緊密に統合化されていることが不可欠である。企業がその難問を解決すると、この種の統合化は必要なくなる。
専門的企業がモジュール化した特定の領域で「必要にして十分な」製品・サービスの構成要素を提供できるようになる。利益を上げる能力は、モジュール型の製品・サービスを組み立てる企業から離れ、重要なサブシステムをつくる企業へ、そして速度と利便性を左右する性能向上のカギとなる箇所で統合化している企業へとシフトする。
バリューチェーンの一部が統合型からモジュール型にシフトすれば、バリューチェーン全体に影響が及ぶ。「統合保存の原則(魅力的な利益保存の法則)」によれば、バリューチェーンのある段階で、性能を最適化するために相互依存的なシステムアーキテクチャが必要になったとき、次の条件を満たさなければならない。
- 十分でない性能を最大化するためには、バリューチェーン内の隣接する段階の製品・サービスのアーキテクチャが、モジュール型かつ変換可能でなければならない。
- 統合型のものを最適化するためには、それを取り囲むものがモジュール型でなければならない。
バリューチェーンのある段階で、モジュール化とコモディティ化が生じ、そのせいで魅力的な利益が消滅するとき、統合保存の原則が働き、独自製品によって魅力的な利益を得る機会は、その隣の段階にシフトする。
統合型企業が業界のバリューチェーン全体にわたって統合化されているのに対し、専門的企業は十分でないひとつの構成要素を製造するために統合化されていたり、カスタマイズ化や利便性を左右するインターフェース(例えば、顧客やサプライヤーとのインターフェース)にわたって統合化されている。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (9)
顧客が過剰満足の状態になるとルールが整備されて、最終消費者(エンドユーザー)の近くにいる、スキルの劣るメーカーが必要にして十分な製品を作れるようになる。ルールが整備されることで、新規参入企業は、製品を新しい環境に導入したり、必要にして十分な製品を劇的に低いコストで提供するビジネスモデルを構築できるようになる。その結果、新市場型破壊的イノベーションとローエンド型破壊的イノベーションの両方に扉が開かれる。
企業は問題解決の経験を積むうちに、次第に因果性のパターンを認識するようになる。やがてシステムは十分理解され、開発の指針となるようなルールが生まれる。最終的にルールは広く受け入れられ、標準とみなされる。
製品が顧客に過剰な性能を提供しているとき、こうしたルールや標準があれば、それほど専門知識をもたない企業でも、ルールに従うことによって製品が作れるようになる。標準や規格が業界に広く浸透していることや、企業が採用活動で深い理論的知識を重視しなくなることは、この変化が生じたことを示すシグナルである。
インターフェースが定義されると、非統合型企業でもサブシステムを製造できるようになり、技術レベルがそれほど高くない企業でも、モジュール型製品の組み立てができるようになる。既存企業の観点からすれば、この事象は新市場型破壊的イノベーションによる成長のように見える(かつて市場から閉め出されていた企業が参入できるようになるため)。しかし消費者の観点からすると、ローエンド型破壊的イノベーションによる成長のようにも見える(安価な製品が手に入るようになるため) 。
ローエンド型と新市場型の破壊的イノベーションは、ひとつの連続体の両極をなしている。消費者への接近を可能にするルールが誕生すると、この連続体の真ん中に位置する、ローエンド型と新市場型両方の要素を併せ持つ企業が出現する。
標準化は、必要にして十分な製品・サービスの迅速な開発を可能にするが、速度と柔軟性を優先させた結果、最先端の技術から後退してしまう。満たされない顧客が存在する状況では、標準化のせいで、可能な限り最高の製品を開発する企業の能力が阻害される。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (8)
専門的企業は「置き換えのイノベーション」を推進して、既存企業からシェアを奪うこともある。置き換えは、イノベーションの分類の1つである。
上位市場に向かう持続的イノベーションとは異なり、置き換えはモジュール化した箇所で生じる。ローエンド型破壊的イノベーションが、最も要求のゆるい顧客をターゲットとするのに対し、置き換えはまず主流市場をターゲットにする。
置き換えのイノベーションは、必ずしも低コストのビジネスモデルや性能の劣った製品を伴うとは限らない。製品・サービスの特定の構成要素を供給する専門的企業が、置き換えを推進することが多い。
置き換えを見極めるには「顧客のニーズに対して過剰満足の状態にある機能性」と「モジュール型のインターフェース」を探す必要がある。原則として専門的企業が勝てるのは、明確なモジュール化が生じた箇所で、自社製品が製品システムと接続できる場合に限られる。
インターフェースがモジュール型かどうかを識別するための3つの試金石は次の通りである。
- インターフェースのどの部分が、重要か、重要でないかを特定できること。
- インターフェースを構成するパラメータや通信手順が、適切かつ必要なものであることを、測定または検証できること。
- インターフェース全体の相互作用が、よく理解され予測可能であること。部品間に予測不能な相互作用がある限り、モジュール性への移行は壊滅的な結果を招きかねない。
置き換えのイノベーションは分業をもたらすため、ローエンド型破壊的イノベーションを促すことがある。新興企業がバリューチェーンのいくつかの構成要素を新しい方法で組み合わせて、新しいメリットを提供する。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (7)
過剰満足が生じ、競争基盤が変化すると、業界では次の3種類の変化が起きる。
- 過剰満足の顧客層に、ローエンド型破壊的イノベーションが根づく
- 専門的企業が業界に参入し、統合型企業を駆逐する
- 標準やルールが整備され、多様な企業が各顧客層の最低限の要求に十分応えられる製品・サービスをつくれるようになる
過剰満足の市場では、イノベーションによって新しい成長市場を生み出すことはできないが、ローエンド型破壊的イノベーションを用いて、既存企業の最も要求のゆるい顧客層に足がかりをつくることで、新たな成長企業を生み出すことはできる。こうした顧客層は満足はしていないため、より価格が安いか、より便利な製品を提供する企業が現れれば、既存企業を見捨てる可能性が最も高い。
企業がローエンド型破壊的イノベーションを推進していることを示すシグナルは、既存企業とは異なる方法で利益を生み出すビジネスモデルの出現である。例えば、低価格だが資産回転率の高いビジネスモデルや、売上収益とアフターサポート収益の割合が従来とは異なるビジネスモデルなどである。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (6)
企業は上位市場に向かう持続的イノベーションを推進し、製品・サービスの性能向上に取り組むうちに、やがて一部の顧客が使いこなせる以上の「過剰な性能」を提供するようになる。人々が片づけようとする用事は、時間が経っても驚くほど変わらないのに、製品はどんどん良くなっていき、いつか必ず性能過剰になってコモディティ化を促す。
コモディティ化が進むと、企業はやがて自社の製品・サービスを差別化して利益を生み出すことができなくなる。過剰満足が生じると業界の競争基盤が変化するため、成長機会を生み出すことのできるイノベーションの種類が変化する。
過剰満足の顧客は、かつて重視していた性能向上に対して、割増金額の支払いを次第に減らしていく。企業がプラスアルファの機能を追加しても、それは使われずに終わる。顧客は、それまで気にも留めなかった点に不満を持つようになる。
機能性と信頼性が必要以上に高くなれば、企業が競争する「性能」の側面は「使いやすさ」へ移行する。それは、自在に簡単に使えるか(利便性)、一人ひとりの顧客の独自の用事を片づけるのに適しているか(カスタマイズ性)、安く利用できるか(価格)といった側面である。顧客が価格だけを重視するようになるのは、他のすべてのニーズが満たされた後となる。そこに至るまでは「機能性」「信頼性」「利便性」「カスタマイズ性」の優れた製品を提供する企業に、顧客は割高な価格を支払う。
市場のすべての顧客が同時に過剰満足の状態に陥るわけではない。「使いやすさ」を重視する状態は市場の底辺から始まり、徐々に上の階層にへ波及していく。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (5)
企業が無消費者を獲得するための新しい方法を開発しているかどうかを見極めたら、次に企業の現在の顧客を評価しなければならない。
既存顧客は、以下の2種類に分類することができる。
- 既存製品がニーズに十分応えていない「満たされない顧客」
- 既存製品が必要にして十分以上にニーズに応えている「過剰満足の顧客」
そして、特定の階層の顧客が最も重視しているが十分ではない部分のことを「業界の競争基盤」という。
製品が発売されて間もない頃は、顧客は製品が「何をするのに役立つか(機能性)」と「いかに着実に用事を片づけられるか(信頼性)」によって、性能を評価する傾向がある。顧客の要求に最も近い製品・サービスを提供できる企業や、機能性や信頼性をさらに高められる企業は、平均以上の利益を獲得することができる。
満たされない顧客の存在を示す最も明らかな兆候には、以下のようなものがある。
- 性能の高い新製品に一貫して割高な価格を支払おうとする顧客の存在
- システム全体のソリューションを提供する統合型企業の成功
- 複雑な相互依存的な問題を解決できる能力をもたない専門的企業の不振
満たされない顧客が存在することによって、既存企業が上位市場に向かう持続的イノベーションを推進して利益を上げる機会が生まれる。この状況で企業は、改良された製品・サービスを最良の顧客に、より利益を生む価格で提供できる。
上位市場に向かう持続的イノベーションは複雑さの程度によって区別され、「急進的な持続的イノベーション」と「漸進的な持続的イノベーション」を両極とした軸のどこかに位置づけられる。急進的な持続的イノベーションは「大躍進」と呼ばれるたぐいのもので、複雑で相互依存的でコストが高いという特徴がある。対して漸進的な持続的イノベーションは、業界にそれほど劇的な影響を及ぼさないことが多い。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (4)
新市場型破壊的イノベーションは、業界を長期的に変化させる可能性が最も高いが、見分けるのが最も難しいイノベーションでもある。新市場型の破壊的成長を示すシグナルとして、以下の2つがある。
- 新興市場が「高い成長率」を示していて、しかもその「成長率が上昇している」こと
- 新市場の規模にとらわれず、成長率が伸びている新市場を発見できれば、重要な動向を見極められる。
- ターゲット顧客が進んで新しいイノベーションを取り入れようとしていること
- それまでできなかったことを簡単にできるようにしてくれる新しい製品・サービスならば、不十分な性能を我慢する。
無消費者の存在は、製品・サービスのサプライチェーンの全段階をマッピングすることで見極めることができる。新市場型破壊的イノベーションは、かつて専門家がいなければできなかったことを、自分でできるようにして、サプライチェーンからひとつの段階を取り除いてしまうことが多い。また片づけられていない用事を見極める適切な市場調査も、無消費の有無を見極めるのに役に立つ。
新市場型破壊的イノベーションは、価格が相対的に安い場合が多いが、絶対的に安いとは限らない。非常に高価な新製品の場合は、どうしても片づけたい人たちが用事を十分に消費できないこともあり得る。だがその後改良が進めば、生産効率が上がって価格が下がり、それによって破壊的な製品・サービスは、より広範な顧客層に普及することになる。
一般に統合型企業は、上位市場に向かう持続的イノベーションのどちらのタイプも得意とする場合が多い。急進的な持続的イノベーションを推進する企業にとって、統合化は不可欠である。統合型企業は、互換性や相互運用性、レガシーの問題に対処する際に生じる、さまざまな相互依存性をマスターできる。それに対して専門的企業は、バリューチェーン内の十分な数の要素をコントロールしていないため、急進的イノベーションをうまく事業化することができない。
満たされない顧客を獲得するための持続的イノベーションは、企業が最初の足がかりを築いた後に潜在的な成長力を実現するための手段である。技術が業界の競争構造に及ぼす影響を予測する、古典的な分析手法の多くは、持続的イノベーションの影響を理解するための貴重なツールである。なぜならば、持続的イノベーションは既存の測定可能な市場で起こり、確立された性能基準での向上をもたらすからである。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社