2024.05.05 5. 国民経済と経済主体 世界経済 一国の経済を単位とする「国民経済」で形成されている 国民経済 主に「家計・企業・政府」という3つの経済主体から構成されている 各経済主体の経済活動 家計 → 消費 企業や政府に労働や資本・土地などの生産要素を提供 その対価として得た賃金や利子・配当、 地代などの収入をもとに、企業から財やサービスを購入して消費 企業 → 生産 資本を元手に、工場や機械設備などを整える 労働者を雇い、商品を生産して、家計や政府に販売 政府 → 公共サービスなどの提供 家計や企業から租税を徴収 税収をもとに、道路や橋・公園などの公共財(社会資本)、教育・警察・消防・国防などの公共サービスを提供
2024.05.04 4. 経済のグローバル化 市場経済のグローバル化 多くの社会主義国が、資本主義経済へと転換 旧社会主義圏の低賃金労働が利用できるようなった 旧社会主義圏が新たな市場へ ↓ 金融のグローバル化 IT技術の進歩が、新しい金融商品を次々と生み出す ↓ 2007年夏、サブプライム・ローン問題が勃発 住宅価格が下落し、信用力の低い人向けの住宅ローンが不良債権化していった ↓ 2008年秋、リーマン・ショック アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻 世界的な金融危機をもたらした 金融機関は投資や融資を控えるようになった 企業は経営難に陥り、世界経済は深刻な不況となった ↓ G20による金融サミット 日・米・欧に、中国やインド、ブラジルなどの新興国を加えた主要20カ国・地域による首脳会議 各国が足並みを揃えて、積極的な財政金融政策をとり、世界経済の回復につとめている
2024.05.03 3. 社会主義経済の成り立ち 産業資本主義時代 労働者は、低賃金・長時間労働などの劣悪な労働条件と、経済的不平等によって貧困 ↓ ドイツの経済学者、マルクスの主張 マルクス経済学の祖、科学的社会主義 主著『資本論』(1867) 資本主義経済の構造的矛盾を指摘 労働力の商品化による人間疎外を克服するために、社会主義社会の実現が必要である ↓ 1917年、レーニンの指導による「ロシア革命」 マルクスの考えに基づき、世界最初の社会主義国である「ソビエト連邦(ソ連)」が成立した ↓ 第二次世界大戦後 社会主義経済は、東欧や中国・ベトナムなどにも広がった ↓ 1960年代初め 資本主義諸国と並ぶ経済成長をとげた国も現れた ↓ 1970年代後半、社会主義経済の問題 政府主導の集権的計画経済おいて問題点が現れてきた 商品の品質改善が進まず、消費者の多様なニーズに応えられない生産システム 能力や労働力の質に対応しない賃金制度などによる勤労意欲の減退 技術革新に対する立ち遅れ ↓ ソ連のその後 利潤方式の導入 ペレストロイカ改革 1991年、ソ連は解体し、ロシアへ 社会主義義体制を放棄して、資本主義体制へ転換 ↓ 中国のその後 「社会主義市場経済」により市場経済化・工業化を進め、世界の「生産基地」へ 2010年、GDPの規模が日本を追い越して、世界第2位の経済大国へ 国内問題の拡大 臨海部と内陸部の経済発展の格差、貧富の格差の拡大 公害問題の発生、環境問題の深刻化 1997年、香港返還による一国二制度
2024.05.02 2. 資本主義経済の成り立ち 18世紀半ば、イギリスの産業革命 蒸気機関や紡績・織物の機械などが発明・改良された 生産が「工場制手工業」から「工場制機械工業」へと転換した 繊維製品を安く大量生産することが可能となり、多くの労働者が工場で働くようになった 農業中心の「自給自足的な経済」から、工場生産中心の「資本主義経済」へ移行した ↓ 資本主義経済は「産業資本主義」へと発展 多数の小規模な企業による自由競争が行われた 競争に勝つために、他社よりも良い商品を、より安く生産する 技術革新(イノベーション) 生産規模の拡大によるコストの引き下げ(規模の経済) 世界の工場 商品の需要と供給は、価格によって調整され、市場経済が機能するようになった 政府の役割を、国防や治安の維持など必要最小限なものとすることが理想となった 夜警国家 安価な政府 ↓ イギリスの経済学者の主張 イギリスの経済学者、アダム・スミスの「自由放任主義」 経済学の父、古典派経済学の祖 主著『国富論』(1776) 自分自身の利益を追求する個人や企業の自由な経済活動が、神の「見えざる手」に導かれて公共の利益を促進する 政府は経済に干渉しない イギリスの経済学者、リカードの「比較生産費説」 近代経済学の父 政府による貿易への干渉をやめ、 自由貿易を行うことが、各国の利益になる ↓ 産業革命の拡大 フランス、ドイツ、アメリカへ広がった 日清戦争(1894-1895)・日露戦争(1904-1905)の頃には日本にも広がった ↓ 19世紀後半、重化学工業化による「独占資本主義」 鉄鋼や内燃機関・電気などの分野で技術革新が起こった 企業が大規模化し、 多額の資本が必要となり、「株式会社制度」が発達した 生産の集積・集中が進む 競争に勝ち残った少数の大企業が市場を支配するようになった(寡占化) ↓ 欧米資本主義諸国の「帝国主義」 軍事力を背景に、アジア・アフリカの植民地化政策を進める 原材料の供給地 製品の輸出市場 資本の投資先 ↓ 1929年、アメリカを発端とする「世界恐慌」 企業の倒産や労働者の失業など、大きな経済的混乱を引き起こした 植民地を持つイギリスやフランスの対応 保護貿易主義(ブロック経済) 自国と植民地間の貿易の利益を優先し、他国からの輸入に対して高い関税をかけた イギリス:1932年、オタワ連邦会議で、イギリス連邦内の関税を引き下げ、連邦外の国に高い関税を課す「スターリング・ブロック」を結成した フランス:植民地や友好国と「フラン通貨圏」を築いた 植民地をあまり持たないドイツ・イタリア・日本の対応 全体主義(ファシズム) 自国の勢力圏を拡大するために、植民地の再分割を求めていった アメリカの対応 フランクリン・ルーズベルト大統領による「ニューデイール政策」 政府が積極的に経済に介入し、新しい法律を制定 全国産業復興法 全国労働関係法(ワグナ一法) 社会保障法 管理通貨制を採用 赤字公債を発行して、公共事業を中心に財政支出を増加させた ↓ イギリスの経済学者、ケインズの主張 マクロ経済学を確立 主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』 不況の原因は、社会全体の有効需要の不足にある 完全雇用の実現には、政府の積極的な財政政策などによる有効需要の創出が必要である ↓ 第二次世界大戦後の資本主義諸国 ケインズ政策を取り入れた 経済政策の目標は、経済の安定成長と完全雇用、国民福祉の充実をめざす「福祉国家」の実現 政府の経済活動に対する役割が大きくなった 政府と民間部門(私企業や家計など)が密接な関係を持つ「混合経済(修正資本主義)」 ↓ 1980年代、アメリカの「小さな政府」 ケインズ政策に基づく「財政支出の増加、財政赤字の拡大、インフレ圧力の増大」 規制緩和や民営化などによって、政府の役割を縮小し、市場経済本来の機能を回復させる ↓ 経済のグローバル化 世界規模で活動する多国籍企業の登場 コンピュータを利用した国境を越えた金融取引 IT革命の進展によるインターネットビジネスの登場 国民経済の枠を超えた経済活動
2024.05.01 1. 経済とは 経済とは 経済=財・サービスを生産し、消費する人間の活動 現代には、2つの経済体制が存在する 資本主義経済 社会主義経済 多くの国々が、資本主義経済の仕組みを採用している 資本主義経済とは 機械や原材料などの生産手段の私有が認められている(私有財産制) 利潤の追求を目的とした自由競争がおこなわれている(経済活動の自由) 多くの財は、市場で売るための商品として生産される(財市場) 労働力も、市場で商品として売られている(労働市場) 社会主義経済とは 原則として、生産手段の私有は認められない 工場、機械設備、農地などの生産手段は、固有または公有である 生産は、政府の立てた計画に基づいて行われる(計画経済) 計画経済の成果は、労働に応じて分配される 生産手段を私有する資本家はおらず、すべての国民は労働者と農民である
2023.07.01 16. 近代会計の成立 近代会計の成立 会計の構造の面から見た近代会計の成立 = 19世紀イギリスの発生主義にもとづく期間計算の成立 14~15世紀イタリアには複式簿記の成立 16~17世紀ネーデルラントには期間計算の成立 18~19世紀イギリスには発生主義の成立 期間計算は、まず「財産法」という方法で行なわれた。 期首(前期末)の正味財産と期末の正味財産とを較べる。 期末の正味財産 - 期首の正味財産 = 利益 財産が増えた結果(増えた分が利益)しか分からない。 やがて「財産法 → 損益法」と移行。 収益と費用の差額から利益(または損失)を算出する。 収益 - 費用 = 利益 収益や費用(そして「収益 - 費用」)は、財産が増えた原因を示す。 「財産法 → 損益法」は「ストック → フロー」としても捉えられる。 会計の基本的な考え方は、静態論と動態論に大別される。 歴史的には「静態論 → 動態論」と移行 静態論と動態論 静態論 かつての会計においては、債権者保護を重視し、債務の弁済に用いることのできる財産(担保財産)がどれだけあるか、を貸借対照表によって示すことが重視された。 かつては、資本と経営との分離がなく、投資者という者が存在しなかったため、保護すべき対象は債権者しかいなかった。 動態論 資本と経営との分離が生じた情況において、投資者に企業の収益力を示すことを重視し、それを担う損益計算書を貸借対照表よりも重視。 会計の主目的を期間利益計算とし、期間利益計算を適正に行なうべく、発生主義を取り入れた。 「静態論 → 動態論(貸借対照表 → 損益計算書)」と移行した結果、現行の会計は動態論にもとづいている。 会計の発展 会計の移行 → 適正な利益計算のために行われてきた 現金主義 → 発生主義 財産法 → 損益法 ストック → フロー 静態論 → 動態論 貸借対照表が主役 → 損益計算書が主役 近年は会計(会計情報)における利益(利益情報)の重要性が低下してきている。 「静態論 → 動態論 → 静態論」といったように、静態論へ回帰しつつある。 「収益費用アプローチ vs.資産負債アプローチ」という捉え方のもと、昨今の動向を「収益費用アプローチ → 資産負債アプローチ」と理解することに依拠する。 「新静態論」と呼ぶ向きもあれば、「かつての静態論とは似て非なるもの」とする向きもある。 こうした回帰は「キャッシュフロー重視、キャッシュフロー計算書重視」の風潮に依拠する。
2023.06.25 15. 会計監査人 会計士による監査人の成立 近代会計制度 近代会計制度は、「会計プロフェッションを監査人に充てる」という制度の成立によって完成。 会計士のメイン業務 = 監査 19世紀のイギリス、鉄道会社の大半がロンドン証券取引所に株式を上場 鉄道ブームにおける資金調達 資本と経営との分離の進行 遥有株主の増加 株主監査人が監査を担当 株主監査人廃止までの歴史 19世紀 鉄道会社は個別法によって設立 → 監査人は株主でなければならない 1845年 会社約款統一法 → 監査人は株主であることを要する(株主監査人の義務化) 監査人は会計士等を会社の費用負担を持って雇用できる → 専門性を持つ監査人の補助者を認めていた 1849年 ウィリアム・ウェルシュ・デトロイト事務所が、グレイト・ウェスタン鉄道の監査人補助を担当 1856年 株式会社法 → 監査人は株主であることを要しない グレイト・ノーザン鉄道の株主記録係レオポルド・レッドパスによる横領事件 → デトロイト事務所に調査依頼 1857年 金融恐慌 1862年 会社法 → 監査人は株主であってもよい 1866年 金融恐慌 1868年 鉄道規制法 → 監査人に株主所有を求めない 1878年 シティ・オブ・グラスゴウ銀行が粉飾決済の隠蔽により支払い停止 無限責任会社のため、株主の多くが破産 独立監査が行われていなかった 1879年 会社法 無限責任会社の有限責任化を容易にした 有限責任会社と登記される銀行に独立監査を強制 勅許会計士にとって重要性を持つ最初の法律 1900年 会社法 → すべての会社に監査を強制 1947年 会社法 → 監査人を特定の会計士団体メンバー等に限定 → 監査人の専門化 「会計士による監査が行わなければ株主が納得しない社会情勢」をもたらしたのは、スコットランドの会計プロフェッション(専門性を持つ会計士)の存在であった。
2023.06.24 14. 会計プロフェッション 会計プロフェッション 「会計プロフェッションによって担われる監査」が、近代会計制度の完成をもたらす。 会計プロフェッション = 日本では「公認会計士」 公認会計士の業務 監査(法律によって公認会計士しかできない) 会計 税務 経営コンサルティング 会計プロフェッションの誕生 スコットランド 1854年 「エディンバラ会計士協会」の設立 → 勅許会計士(チャータード・アカウントタント)の誕生 1855年 「グラスゴウ会計士保険数理士協会」の設立 1867年 「アバディーン会計士協会」の設立 イングランド 1870年 「ロンドン会計士協会」の設立 1872年 「イングランド会計士協会」の設立 1880年 上記2団体とリヴァプール、マンチェスター、シェフィールが統一され、「イングランド&ウェイルズ勅許会計士協会」の設立 会計士のステイタス スコットランド → 専門性が高い、司法プロフェッションの一員 イングランド → 簿記係程度 会計士の仕事 19世紀前半、破産関係がほとんど → 会計士の専業化が進む 19世紀 景気変動による凶荒が周期的に起きていた 1831年 破産裁判所法の成立 1848年 株式会社解散法の成立 1856年 株式会社法の成立 1862年 会社法によって、官選清算人に会計士が選任されるようになる 1866年 イングランドの巨大金融機関オヴァレンド・ガーニィ商会の支払い停止 → 金融恐慌 1869年 破産法によって会計士の破産関係の仕事が増加 1878年 スコットランドのシティ・オブ・グラスゴウ銀行が支払い停止 破産関係の仕事が抱える問題 会計士のイメージダウン 報酬が安い 仕事のあるなしが景気に左右される 会計士のイメージダウン → 団体設立 → 監査業務への移行 1853年 スコットランド破産法 → エディンバラ会計士協会の設立 1856年 スコットランド破産法の改正 1883年 破産法 → 破産関係の仕事が会計士から官史に移る 1890年 会社法 → 破産関係の仕事が会計士から官史に移る 1890年代 会計士の仕事が監査業務へと移行
2023.06.23 13. 固定資産と減価償却 固定資産 流動資産 = 短期的に出入りする資産 固定資産 = 複数年に渡って保持する資産(建物、備品、車両など) 固定資産 → 期をまたいで使用する → 一年間の利益計算に入れてしまうのは適切ではない → 特定の期間に分割して「減価償却費」で計上 減価償却 減価償却の出発点 18~19世紀イギリスの産業革命期における固定資産の著増 生産形態が手工業生産 → 機械による大規模工場生産 → 機械や工場の建物といった固定資産の著増 交通革命(運河業や鉄道業)→ 船舶や車輛や線路といった固定資産の著増 こうした情況が減価償却の考え方をもたらし、やがて減価償却の実践は一般化する。 固定資産をどのように利益計算に関連付けるか、というところに近代会計がある。 減価償却思考の確立 = 近代会計の成立 19世紀前半 生産設備を貸借しての経営が一般的 配当を増額するために、減価償却を減額または中止する動き 「固定資産の買い替え」を意識していなかった。 19世紀後半 貸借経営から自己所有経営への移行 固定資産観の変化 → 固定資産の陳腐化を意識 減価償却の意義の普及 固定資産の買い替えのための資金の蓄積 減価償却 → 利益の減額 → 配当の減額 → 資金の支出が減少 → 資金の蓄積 → 蓄積した資金で、新しい固定資産を購入
2023.06.22 12. 会社法の近代化と株式会社制度 会社法の歴史 1844年 株式会社法の成立 「準則主義」を採用。 法律によって一定の要件が規定され、それを満たせば法人格が認められる。 登記だけで法人が設立できるものだった。 1845年 会社約款統一法の成立 公共事業会社の特許(個別法)に関する規定 1845~1848年 不況 出資者の有限責任を求める議論が高まる。 1855年 有限責任法の成立 準則主義のもと法人格を得た会社では、株主の責任を出資額に限る。 1856年 株式会社法の改定 会社の登記法をより近代化へ。 1862年 会社法の成立 会社に関わる最初の総合的な法律 近代的な会社法のはじまり 会社に関する大憲章 会社法の近代化 準則主義と出資者の有限責任 19世紀の後半に一般化 会社法の近代化プロセス = 株式会社制度の一般化プロセス 19世紀イギリス 機能面 構造面 発生主義に基づく期間計算 近代会計制度の完成 委託・受託の関係(資本と経営の分離)の近代化 会計プロフェッションによる監査 産業革命、交通革命による固定資産の問題 構造面における発生主義 大資本の調達の必要性 → 株式会社という企業形体の成立