イノベーションのジレンマ:第1章 なぜ優良企業が失敗するのか (2)

クリステンセン教授は、1975年から94年に発売した世界中のあらゆるモデルのディスク・ドライブに関するデータベースを作成し、技術革新の要因を分析した。

さまざまな新技術を最初に導入した企業を特定し、時間の経過とともに新技術がどのように業界全体に広がっていったかを追跡した。そしてどの企業が進んでいてどの企業が遅れていたかを調べ、それぞれの新技術がディスク・ドライブの記憶容量、速度などの性能指標にどのような影響を与えたかを測定した。

業界の技術革新の歴史を注意深く検証することにより、どのような要因が新規参入企業を成功へと導き、どのような要因が実績ある大手企業を失敗へと追い込んだのかを見極めた。その結果は次の通りである。

  • 大手企業の失敗の根底にあるのは、技術革新の速さや難しさではない。
  • ほとんどの製品のメーカーは、長期にわたって性能向上の軌跡を残している。
  • 技術革新には次の2通りがあり、それぞれが優良企業に対して全く異なる影響を与えてきた。
    ① 性能の向上を持続する技術で、漸進的な改良から抜本的なイノベーションまで多岐にわたるもの
    ② 性能の軌跡を破壊し、塗りかえる技術で、幾度となく業界の主力企業を失敗に導いくもの

上記の①を「持続的技術」②を「破壊的技術」と呼称し、ケーススタディを通してその違いを検証した。そして「新技術の開発や採用に関して、優良企業が新規参入企業に比べてどれだけ進んでいたか、あるいはどれだけ遅れていたか」を分析した。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第1章 なぜ優良企業が失敗するのか (1)

第1章の冒頭では、クリステンセン教授がなぜ「ディスク・ドライブ業界」を研究の対象にしたのかについて、次のような理由を述べている。

  • ディスク・ドライブ業界には、技術、市場構造、全体規模、垂直統合が広範囲にわたって急速に進化し続けてきた歴史がある。
  • 業界の変化のサイクルが繰り返されるため、「どのような変化が起きたらどのような企業が成功または失敗するのか」という仮説を検証する機会が得やすい。

クリステンセン教授はディスク・ドライブ業界の歴史研究を通して、複雑な中にも驚くほど単純で一貫した要因によって、幾度となく業界リーダーの明暗(成功と失敗)が分かれてきたことを発見した。

優良企業が成功する要因と失敗する要因はどちらも「顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるよう積極的に技術、製品、生産設備に投資すること」であり、そこに『イノベーションのジレンマ』が垣間見える。

優良企業がこの「成功する要因」を盲目的に実行し続けていると、ときに致命的な誤りを起かして失敗に陥ることがある。その事象をディスク・ドライブ業界の歴史が示している。ディスク・ドライブ業界の歴史は、顧客と緊密な関係を保つべき時とそうすべきでない時を理解する足がかりを与えてくれる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

The Innovator’s Dilemma

The Innovator's Dilemma

The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail

Clayton M. Christensen (著)

Harvard Business Review Press 2016.01.05 288ページ

イノベーションのジレンマ:序章 (4)

破壊的技術には5つの原則がある。

原則1:企業は顧客と投資家に資源を依存している

  • 優良企業は、持続的技術(顧客が求める技術)の新しい波が押し寄せてもトップの座を守ってきたが、それより単純な破壊的技術に襲われたときには、必ずつまずいている。
  • 経営者は、会社の経営資源を自分が管理していると考えているかもしれない。しかし、その資源配分を決めるのは、実質的に「顧客」と「投資家」である。
  • 上位市場で競争優位のコスト構造を持つ優良企業でも、下位市場で同様の収益性を達成することは難しい。
  • 企業が破壊的技術で成功するには、原則1に基づく資源配分と組織を調和させる必要がある。
  • 破壊的技術に直面したとき、優良企業の組織とプロセスでは、小規模な新しい市場で強力な地位を開拓するために必要な財源と人材を自由に配分できない。
  • 優良企業が原則1に調和する唯一の手段は、低い利益率で収益性を達成するためのコスト構造を持った独立組織を設立することである。
  • 破壊的技術で迅速に地位を築いた企業のほとんどは、自律的な組織を設立し、破壊的技術の周辺に新しい独立事業を立ち上げている。

原則2:小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない

  • 破壊的技術は、新しい市場を生み出す。
  • 新しい市場にいち早く参入した企業には、遅れた企業に対して、先駆者として大幅な優位を保てる。
  • 企業が成長すると、将来は大規模になるはずの新しい小規模な市場に参入することが次第に難しくなってくる。
  • 目標とする市場の大きさに見合った規模の組織に、破壊的技術を商品化する任務を与えることが重要である。

原則3:存在しない市場は分析できない

  • 持続的技術では、角度が高い市場調査と綿密な計画・実行が極めて重要である。
  • 持続的技術では、市場の規模と成長率、技術の進歩、主な顧客の需要が明らかになっている。
  • 新しい市場につながる破壊的技術では、市場調査と事業計画がほとんど役に立たない。ゆえに先駆者が圧倒的に有利に立てる。
  • 市場規模や収益率を数量化してからでなければ市場に参入できない企業は、破壊的技術に直面したときに、身動きがとれなくなるか、取り返しのつかない間違いをおかす。
  • 破壊的技術を追求するための適切な市場と正しい戦略は事前にはわからない。

原則4:組織能力は「無能力」の決定的要因になる

  • 組織能力は、その中で働く人材の能力とは無関係である。
  • 組織能力は次の2つの要素によって決まる。
    1. プロセス
      組織の人員が習得した労働力、エネルギー、原材料、情報、資金、技術といった「インプット」を価値の高めて「アウトプット」に変える方法
    2. 組織の価値基準
      組織の経営者や従業員が優先事項を決定するときに拠り所とする基準
  • プロセスや価値基準に柔軟性はない。
  • 組織能力を生みだすはずのプロセスや価値基準も、状況が変わると組織の「無能力」となりうる。

原則5:技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない

  • 破壊的技術は、当初は主流から離れた小規模な市場でしか使われないが、いずれ主流市場で確立された製品に対抗しうる性能を身につける。それは製品の技術進歩が、主流顧客が求める性能向上のペースを上回ることで起こる。
  • 競合する複数の製品の性能が市場の需要を超えると、顧客は、性能の差によって製品を選択しなくなる。そして多くの場合、製品選択の基準は「性能」から「信頼性」へ、さらに「利便性」から「価格」へと進化する。
  • 製品の性能が市場の需要を追い抜く現象が起きると、製品のライフサイクルを「性能から信頼性」「信頼性から利便性」「利便性から価格」へと移行させる。
  • 企業は、競争力の高い製品を開発し優位に立とうとするために、急速に上位市場へと移行する。
  • 高性能、高利益率の市場を目指して競争するうちに、当初の顧客の需要を満たしすぎてしまう。その結果、低価格の分野に空白が生じ、破壊的技術を採用した競争相手が入り込む余地ができる。
  • 主流顧客がどのように製品を使うのかといった動向を注意深く見極める企業だけが、市場で競争の基盤が変化するポイントを捉えることができる。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:序章 (3)

図0-1. 持続的イノベーションと破壊的イノベーションの影響
図0-1. 持続的イノベーションと破壊的イノベーションの影響

 
図0-1で示すように、技術革新のペースがときに市場の需要のペースを上回るため、企業が競争相手よりすぐれた製品を供給し、価格と利益率を高めようと努力すると、市場を追い抜いてしまうことがある。顧客が必要とする以上の、ひいては顧客が対価を支払おうと思う以上のものを提供してしまう。破壊的技術の性能は、現在は市場の需要を下回るかもしれないが、明日には十分な競争力を持つ可能性がある。

安定した企業が「破壊的技術に積極的に投資するのは合理的でない」と判断することには、3つの根拠がある。

  1. 破壊的技術を採用した製品の方がシンプルで低価格、利益率も低い。
  2. 破壊的技術が最初に商品化されるのは、一般に新しい市場や小規模な市場である。
  3. 大手企業にとって最も収益性の高い顧客は、通常、初期にて破壊的技術を利用した製品を求めない。

破壊的技術は、最初は市場で最も収益性の低い顧容に受け入れられる。優良顧客の意見に耳を傾け、収益性と成長率を高める新製品を見い出す企業は、破壊的技術へ投資を行わないか、あるいは投資が遅れる。

優良企業が破壊的技術に直面したとき、その優れた経営手法により失敗することがある。あらゆる業界のあらゆる企業は、組織の価値基準のもとに動く。組織の価値基準は、企業の経営判断に強く作用する。破壊的技術に直面した経営者が組織の価値基準に屈したとき、企業を失敗させる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:序章 (2)

破壊的イノベーション理論は、3つの発見に基づいて構築されている。

  1. 「持続的」技術と「破壊的」技術の間には、戦略的に重要な違いがある。
  2. 技術進歩のペースは、市場の需要が変化するペースを上回ることが多い。
  3. 成功している企業の顧客構造と財務構造は、その企業がどのような投資を魅力的と考えるかに重大な影響を与える。

製品の性能を高める新技術のことを「持続的技術」と呼ぶ。持続的技術は、主要市場のメインの顧客が今まで評価してきた性能指標に従って、既存製品の性能を向上させる。各業界における技術進歩は、持続的な性質のものがほとんどである。最も急進的で難しい持続的技術でさえ、大手企業の失敗につながることは滅多にない。

他方、従来とはまったく異なる価値基準を市場にもたらす技術のことを「破壊的技術」と呼ぶ。破壊的技術は、短期的には製品の性能を引き下げる効果を持つイノベーションであり、従来とはまったく異なる価値基準を市場にもたらす。また破壊的技術を利用した製品は低価格、シンプル、小型で、使い勝手がよい場合が多く、主流から外れた少数の、大抵は新しい顧客に評価される特長がある。この破壊的技術が大手企業を失敗に導くのである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社