イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (4)

破壊的技術には、製品のライフサイクルと競争力学に対して常に影響を与える、重要な性質がさらに2つある。

  • ① 破壊的技術の弱みは強みでもある
    主流市場において「破壊的製品を価値のないものとする特性」が、新しい市場では「強力なセールスポイント」になることが多い。
  • ② 破壊的技術は確立された技術より単純、低価格、高信頼性、便利
    破壊的製品は、確立された製品に比べて「シンプル」「低価格」「信頼性が高い」「便利」といった特長を備えていることが多い。

マネージャーは、これらの特性を理解した上で、破壊的製品の設計、開発、販売における独自の戦略を効果的に計画する必要がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (3)

性能の供給過剰は「製品のサイクルを次の段階への移行を促す重要な要因」であり、「購買階層のある段階から別の段階への移行を促す要因」でもある。そのことを示す2つのマーケティング・モデルを紹介する。

  1. ウィンダミア・アソシエーツの「購買階層」
    (1)機能、(2)信頼性、(3)利便性、(4)価格の4段階で構成される製品サイクル

    • (1) 機能
      機能に対する市場の需要を満たす製品がない状況では、競争の基盤、つまり製品の選択基準は製品の『機能』になりやすい。
    • (2) 信頼性
      機能に対する市場需要を十分に満たす製品が複数現れると、「顧客信頼性に対する市場の需要」が「メーカーが供給できる信頼性」を上回る間は、顧客は『信頼性』を基準に製品を選択し、最も信頼性の高い製品のメーカーがプレミアムを稼ぐ。
    • (3) 利便性
      複数のメーカーが「市場が求める信頼性」を満たすまで改良を進めると、競争の基盤は『利便性』へと移り、顧客は最も使いやすい製品と最も取引しやすいメーカーを選択するようになる。「市場の需要」が「メーカーが供給できる利便性」を上回っている間は、顧客は利便性を基準に製品を選択し、メーカーはそれに対して価格プレミアムを受ける。
    • (4) 価格
      最後に複数のメーカーが、市場の需要を十分に満たす便利な製品やサービスを提供するようになると、競争の基盤は『価格』へと移る。

     

  2. ジェフリー・ムーアの「クロッシング・ザ・カズム(キャズム理論)」
    (1)イノベーター、(2)アーリーアダプター、(3)アーリーマジョリティー、(4)レイトマジョリティー、(5)ラガードの5つの客層で構成されるテクノロジー導入ライフサイクル

    • (1) イノベーター
      製品はまず、製品を機能だけで選択する顧客である『イノベーター』によって使われる。この段階では、最も高性能な製品が大きな価格プレミアムを得る。
    • (2) アーリーアダプター
      次に『アーリーアダプター』という顧客が製品を購入するようになり、主流市場の機能に対する需要が満たされると、市場は大幅に拡大する。

    • (3) アーリーマジョリティー
      市場の拡大に伴い、メーカーは『アーリーマジョリティー』という顧客の間に生じる信頼性に対する需要に対応しようとする。
    • (4) レイトマジョリティー
      製品とメーカーの信頼性の問題が解決されると、第三の成長の波がおとずれ、イノベーションと競争の基盤は利便性へと移り『レイトマジョリティー』という顧客を引き込む。

    • (5) ラガード
      ある次元の性能に対する市場の需要が飽和状態に達するまで、技術は進化することができる。イノベーションが一般化すると『ラガード』という顧客がようやく製品を採用する。

『機能』『信頼性』『利便性』『価格』という競争基盤の進化のパターンは、多くの市場に見られる。そして、破壊的技術の登場は競争基盤の変化の兆しである。

「性能の供給」が「市場の需要」を超えると、それが差別化した製品であっても市場は価格プレミアムを支払わない。市場の需要を超えた性能を持つ製品は、市況商品のように価格が決定されるようになり、競争の基盤を変える破壊的製品がプレミアムを獲得することができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (2)

図9-1. 競争基盤の変化
図9-1. 競争基盤の変化

 
性能の供給過剰が起きると、競争の基盤に変化が起きる。ある性能に対する需要が飽和状態になると、まだ市場の需要を満たしていない他の性能指標が重視される。

一般に、ある特性に対して求められる性能レベルが達成されると、特性がさらに向上しても顧客は価格プレミアムを払おうとしなくなる。それは市場が飽和状態に達したことを表す。このように性能の供給過剰は競争基盤を変化させ、顧客が複数の製品を比較して選択する際の基準が、まだ市場の需要が満たされていない特性へと移る。

図9-1のように競争基盤が繰り返し変化し、完全に差別化の要素がなくなる(複数の製品がすべての性能指標に対する市場の需要を満たす)と、製品は市況商品(需給関係に応じて価格が変化する商品)になる。製品の特徴と機能が市場の需要を超えてしまうと、特徴や機能の違いは意味を失う。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (1)

性能の供給過剰が発生すると、破壊的技術が出現し、確立された市場を下から侵食する可能性が出てくる。性能の供給過剰は、破壊的技術の脅威や機会を生み出すため、その製品市場の競争基盤に根本的な変化をもたらすきっかけにもなる。

顧客がある製品・サービスを、他の製品・サービスと比較し選択するときに、順位を決める基準が変わる。このとき製品のライフサイクルが、ある段階から次の段階へ移行する兆しが現れる。供給される性能と求められる性能の軌跡が交差すると、製品のライフサイクルの段階が根本的に移り変わるきっかけになる。

第9章では、ディスク・ドライブ業界の分析をもとに、性能の供給が市場の需要を超えたときに何が起きるかについて述べる。また「会計ソフト」と「糖尿病治療製品」の市場における製品のライフサイクルについても考える。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (13)

第8章をまとめると次の通りである。

  • 変化に直面した組織を率いる経営者は、まず必要な「資源」を確保し、次に組織に成功するための「プロセス」や「価値基準」があるかどうかを検討しなければならない。
  • 組織の能力そのものが、無能力の決定的要因になる。
  • 組織で慣例的に使ってきたプロセスが、新しいプロジェクトに適しているかどうかを検討する。
  • 組織の価値基準にもとづいて、プロジェクトに高い優先順位が与えられるかどうかを検討する。
  • 能力の高い人材を、新しい仕事の成功には役立たない「プロセス」や「価値基準」の中で働かせようとすると、イノベーションが困難になる。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (12)

図8-1 イノベーションの条件と組織の価値基準の適合性
図8-1. イノベーションの条件と組織の価値基準の適合性

 
図8-1のA~Dエリアは、プロジェクトに必要なプロセスと価値基準に合わせて、どのようなチームを構成すればよいのかを表したものである。

[ Aエリア : 持続的技術 × 新しいプロセス × 重量級チーム ]

  • プロジェクトが組織の価値基準に適合する、持続的な技術の変化に直面している状況である。
  • これまでとは解決すべき問題の種類が異なるため、グループや個人の間で新しい種類の反復作業や協調が必要になる。
  • 新しい仕事に取り組むには重量級チームが必要だが、プロジェクト自体は主流企業の内部で遂行できる。

[ Bエリア : 持続的技術 × 従来のプロセス × 軽量級チーム/機能的組織 ]

  • 組織の既存のプロセスや価値基準に適合するプロジェクトが該当する。
  • 軽量級チームや機能的組織で成功できる。
  • 主流組織の中で、機能分野の境界を超えてチーム間の協調が求められる。

[ Cエリア : 破壊的技術 × 新しいプロセス × 重量級チーム ]

  • 組織の既存のプロセスや価値基準とは相容れない、破壊的な技術の変化に直面している状況である。
  • 自律的な組織を新設し、重量級チームに開発への取り組みを任せる必要がある。

[ Dエリア : 破壊的技術 × 従来のプロセス × 軽量級チーム/機能的組織 ]

  • 主流組織と同等の商品やサービスを、はるかに間接費の低い事業モデルによって販売する必要があるようなプロジェクトが該当する。
  • 既存の能力を生かすには、軽量級チームや機能的組織が適している。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (11)

図8-1 イノベーションの条件と組織の能力の適合性
図8-1. イノベーションの条件と組織の能力の適合性

 
図8-1は、既存のプロセスと価値基準に内在する能力が利用できるかどうかを整理・判断するためのフレームワークである。左の軸は、組織で現在使われている反復作業、コミュニケーション、協調、意思決定のパターンなど既存のプロセスを使って、新しい仕事をどれだけ効果的に遂行できるかを表す。右の軸は、左の軸の状況に適したチーム構造を示している。機能的組織や軽量級チームは既存の能力を生かすのに適しており、重量級チームは新しい能力を生かすのに適している。

主流事業のやり方や意思決定の方法が新しいチームの仕事では役に立たず、むしろ妨げになるような場合は「重量級チーム」が必要である。重量級チームとは、新しいプロセス、つまり連携して新しい能力を構築する新しい方法を作り出すための手段である。

重量級チームのメンバーは、単に自分たちの役割の範囲内で能力を発揮するだけでない。ゼネラル・マネージャーと同じように行動し、プロジェクトのために決定や取捨選択を行わなければならない。このようなメンバーは、通常、プロジェクトへの貢献度が高く、同じ場所で仕事をする。重量級チームのメンバーが連携してプロジェクトを遂行するうちに、新しいコミュニケーションや意思決定の方法が作られ、新しいプロセス、ひいては新しい能力を形成するようになる。事業が発展していくと、それらは慣行化して文化となる。

図8-1の横軸は、組織の価値基準から見て、新しい事業が成功するために必要な資源が割り当てられるかどうかを表す。新しい事業の適合性が低い場合は、主流組織の価値基準ではプロジェクトの優先順位は低くなる。成功するためには、開発と商業化を行う自律的な組織を設立することが求められる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (10)

③ スピンアウト組織によって能力を生み出す

主流組織の価値基準が、イノベーション・プロジェクトに資源を割り当てる際の妨げになる場合は、独立した組織が必要になる。

次のような場合には、解決策としてスピンアウト組織が必要になる。

  • 破壊的技術の脅威にせいで、別のコスト構造を構築して収益性や競争力を身につける必要があるとき
  • 新しい市場の規模が主流組織の成長需要に対して小さすぎるとき

価値基準は優先順位を決定する際の基準であるため、企業の主流組織の価値基準に一致しないプロジェクトは、当然のように優先順位が低くなる。スピンアウト組織は通常の資源配分プロセスから独立することが重要である。そしてCEOは、新しい組織が必要な資源を確保し、新しい課題に取り組むために必要なプロセスと価値基準を自由に作れるよう指示すべきである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (9)

② 新しい能力を内部で生み出す

資源を補強して既存の組織の能力を変えることは比較的簡単だが、資源を基本的に変化のないプロセスに当てはめても、ほとんど変化は起きない。資源には柔軟性があり、さまざまな状況で利用できるが、プロセスと価値基準には本来、柔軟性がない。プロセスはもともと、同じことを同じように繰り返すために存在するものである。

組織の基本的な能力は、プロセスと価値基準にある。プロセスと価値基準は、どのように資源を組み合わせて価値を生みだすかを決めるものであり、資源の多くは購入や売却、雇用や解雇ができるものである。

プロセスを変えることは次の理由により難しい。

  1. 現在のプロセスが機能しやすいように組織に境界が設定されている場合が多く、境界を超えた新しいプロセスの作成を妨げることがある。
  2. 経営者は既存のプロセスを捨てられない。

新しい課題のために、慣例とは異なるやり方で人びとが対話し、従来とは異なるタイミングで異なる課題に取り組まねばならない場合、経営者は既存の組織から対象となる人材を引き抜き、新しいグループの周囲に新しい境界線を引く必要がある。新しいチームの境界を設定することで、新しい共同作業のパターンが生まれ、そこから新しいプロセスが形成され、インプットをアウトプットに変える新しい能力が形成される。このチームのことを「重量級チーム」と呼ぶ。

破壊的変化の予兆が見え始めたら、/者はそれが主流事業に影響を及ぼす前に、変化に対応する能力を備えておく必要がある。つまり、既存の事業モデルに合ったプロセスを持つ古い組織が、抜本的な変化を必要とする危機的状況に直面する前に、新しい課題に取り組む組織が必要になる。

プロセスは目的ごとに異なるため、一つのプロセスで根本的に異なることを行おうとしても無理である。既存の市場で新製品を発売するのに適した市場調査と計画のプロセスでは、新しくて輪郭のはっきりしない市場へと企業を導くことはできない。

一つの組織部門が、全く異なる対極的なプロセスを採用することは非常に難しい。経営者は別のチームを新設し、その中で新しい問題に取り組む別のプロセスを決定したり、調整できるようにする必要がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社