イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (6)

組織が設立されたばかりのときは、組織の資源である人材に依存するが、時が経つにつれて、組織の能力の中心はプロセスや価値基準へと移っていく。従業員が協調して反復作業に対応すると、プロセスが明確になる。さらに事業モデルが形成され、どのような事業の優先順位が最も高いかが明らかになってくると、価値の基準が生まれる。

企業のプロセスや価値基準が形成される段階では、企業の創業者の行動や姿勢が大きな影響力を持つ。創業者のやり方が有効であれば、従業員は創業者の問題解決方法や意思決定基準の正しさを経験する。そのやり方をうまく利用し、連携して反復作業に対処していくうちに、プロセスが確立していく。同様に、創業者の決めた優先順位に従って資源配分を決定し、商業的に成功すれば、企業の価値基準が形成される。

企業が成熟すると、従業員は徐々にそれまで受け入れてきた優先順位や意思決定の方法が正しい仕事のやり方だと考えるようになる。組織メンバーの思い込みによって仕事の方法や意思決定の基準を受け入れるようになると、そのようなプロセスや価値基準が、組織の「文化」を形成するようになる。組織文化があれば、従業員は自主的に一貫した行動をとるようになる。

組織の能力を定義する中心的要因は、時間とともに、資源から認知しやすい意識的なプロセスや価値基準へ、さらに組織文化へと移行していく。組織の能力が人材(資源)からプロセスや価値基準へ移行し、さらにそれが文化のなかに組み込まれると、変化は極めて難しくなる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (5)

ディスク・ドライブ業界の歴史においては、116種の新技術のうち111種が持続的技術、5種が破壊的技術であった。当時業界をリードしていた企業が破壊的技術を用いて成功した例は、一社もなかった。持続的技術と破壊的技術で、なぜこれほど成功率に差が出るのだろうか。

破壊的イノベーションは断続的に発生するため、それらに対処する慣例的な「プロセス」を持っている企業など存在しない。さらに、破壊的製品は1個あたりの利益率が低く、最上層の顧客には使われないため、優良企業の「価値基準」には合わない。大手ディスク・ドライブ・メーカーには、持続的技術でも破壊的技術でも成功できるだけの「資源」、すなわち人材・資金・技術があった。しかし、そのプロセスと価値基準が、破壊的技術で成功する上で無能力であった。

新興市場を追求する能力は、小規模な破壊的企業の方が優れているため、大企業はそのような市場を放棄することが多い。小規模企業には資源が不足しているが、小規模な市場を受け入れる価値基準があり、低い利益率に対応できるコスト構造がある。アバウトな市場調査と資源配分プロセスをもとに、経営者が直観的に事業を進めることができる。

変化や革新に直面したときに経営者が対処すべきことは、発生している問題に適切な資源を配分することだけではない。その資源が投下される組織そのものに、成功する能力を持たせなければならない。また組織のプロセスや価値基準が問題解決にふさわしいものかどうかを確認しなければならない。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (4)

③ 価値基準

価値基準とは次のようなものである。

  • 組織の価値基準は、従業員が優先順位を決定し、注文が魅力的かどうか、顧客が重要かどうか、新商品のアイデアが良さそうかどうかなどを判断する際の基準である。
  • 企業の価値基準は、コスト構造や事業モデルを反映したものでなければならない。
  • 企業の価値基準には、企業が収益を上げるために従業員がしたがわねばならないルールを定義する。
  • 明確で一貫性があり、広く理解されている企業の価値基準は、企業に何ができないかを定義する。

優良企業の価値基準は、少なくとも2つの次元に向かって進化していく傾向がある。

  1. 市場の上位層に位置する魅力的な顧客をとらえようと自社の商品やサービスに機能を追加していくと、コスト構造が変化して次第に下位市場の利益率には魅力がなくなり、上位市場にシフトする。
  2. 企業が大きくなるにしたがって価値基準が変化するため、小さな新興市場に参入できなくなる。

組織の規模が巨大であることは、イノベーションを進めるにあたっては、無能力の要因にほかならない。また企業が大きく複雑になるほど、上層部のマネージャーがあらゆるレベルの従業員を教育し、企業の戦略や事業モデルに合った優先順位を決定できるように育てることが重要になる。優良経営を示す重要な指標の1つは、一貫性のある明確な価値基準が組織全体に浸透しているかどうかである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (3)

② プロセス

プロセスは次のようなものである。

  • 組織がインプットをさらに価値の高いアウトプットへとどのようにして変換するかを定義するもの。
  • 従業員が人材、設備、技術、商品デザイン、ブランド力、情報、エネルギー、資金などの資源のインプットを価値の高い商品やサービスに変換し、組織が価値を生みだすときの相互作用、協調、コミュニケーション、意思決定のパターンのこと。
  • 製造、商品開発、調達、市場調査、予算作成、事業計画、人材開発、給与決定、資源配分などを実現するプロセスがある。
  • プロセスは、特定の業務に対応するために定義され、事実上の進化を遂げる。
  • ある仕事を遂行する能力を定義するプロセスは、他の仕事では役立たないことがある。
  • 優れた経営者は、プロセスと仕事を連携しやすくするために、各組織の目的を絞ろうとする。

プロセスは、従業員が反復作業を一定の方法で行うために確立される。組織が価値を生みだすメカニズム(プロセス化による価値創造)そのものが、本質的に変化をこばむため、経営者はジレンマに陥る。価値を生み出すためにプロセス化すれば、変化に対応できなくなる。

「慣例に従って市場調査を実施し、その分析結果を財務予測に反映し、事業計画と予算を協議し、それらの数字を伝達する」といった過程を定義するプロセスは、優良企業から変化への対応能力を奪う。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (2)

① 資源

資源とは次のようなものである。

  • 資源の多くは「物」つまり「資産」である。
  • 具体的には、人材、設備、技術、商品デザイン、ブランド力、情報、資金、供給業者、流通業者、顧客との関係など。
  • 組織間で容易に譲渡できるものが多い。
  • 質の高い資源が豊富に手に入れば、組織が変化に対応できる可能性が高くなる。
  • 組織が直面している変化にうまく対応できるかどうかを評価する際に、経営者が最も直観的に見極められるものである。

資源を分析するだけでは、組織の能力について十分な理解はできない。あるインプットをもとに価値の高い製品やサービスを作り出す能力は「資源」ではなく「プロセス」や「価値基準」の中にある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (1)

プロジェクトに取り組む一個人に能力があるからといって、その組識にも能力があるとは限らない。組織で働く人材やその他の資源に関係なく、組織自体の能力というものがある。確実に事業を成功させるためには、目的に合った人材の選定、訓練、動機づけだけでなく、目的に合った組織の選択、構築、準備も行わなければならない。

第8章は、破壊的技術への対応に成功した企業が、ビジネスの大きさに見合った規模の独立組織を新設していたことについて解説する。またコア・コンピタンスの概念を用いて、自社の組織に目前の変化に取り組む能力があるかどうかを測る枠組みを紹介する。

組織にできることとできないことは、次の3つの要因によって決まる。

  • ① 資源
  • ② プロセス
  • ③ 価値基準

自分の組織がどのようなイノベーションを実現できて、どのようなイノベーションを実現できないのかを検討するときは、上記の3つの要因に分けて考えるとよい。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第7章 新しい成長市場を見いだす (6)

持続的技術では慎重に計画を立て、積極的に実行することが成功につながる。破壊的技術では、慎重な計画を立てる前に行動を起こす必要がある。市場のニーズや市場の将来の規模がほとんどわからないため、計画は「実行のための計画」ではなく「学習のための計画」でなければならない。

どこに市場があるかわからないという心構えで破壊的事業にアプローチすれば、新しい市場に関するどのような情報が最も必要なのか、その情報がどのような順序で必要になるのかを見極められるだろう。そうした優先順位が事業計画に反映させれば、事業のキーポイントがつかめたり、重要な不明点を解決してから資本・時間・資金を投入することができる。

破壊的技術に対処するには、マネージャーが仮説を立て、その仮説にもとづいて事業計画や目標を作成するという「発見志向の計画」が有効である。発見志向の計画を立てていれば、コストが高すぎて後戻りできない開発を始める前に、市場の仮説が正しいかどうかを確かめることになる。仮説の有効性が明らかになった時点で、構成を変更したり機能を削除して、別の市場や別の価格水準に対応することもできる。

破壊的技術の市場は、予想外の成功から現れることがある。そのような発見は、顧客の声に耳を傾けるのではなく、顧客がどのように製品を使うかを見ることによって得られることがある。

クリステンセン教授は、破壊的技術の新しい市場を発見するためのアプローチのことを「不可知論的マーケティング」と呼んでいる。「破壊的製品がどのように、どれだけの量が使われるか、そもそも使われるかどうかは、使ってみるまで誰にも、企業にも顧客にもわからない」という前提に基づき、破壊的技術に直面したら市場へ発見志向の探索に出かけ、新しい顧客と新しい用途に関する知識を直接身につけるというアプローチである。不可知論的マーケティングが有効である根拠は、破壊的技術では先駆者が圧倒的な優位に立つからである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社