イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (11)

組織の中に新しい能力を生み出すには、大きく3つのポイントがある。

1. 人材層を厚くする

新成長事業の成功率を高めるには、現時点で新事業構築という挑戦に取り組む能力を備えているマネージャーに任せるのがよい。だが将来のマネージャーを育成するには、前途有望なマネージャーを、荷が重い責務や状況に放り込んで必要なスキルを学ばせる必要がある。

企業が有望な事業を生み出していなければ、社内の「経験の学校」で、次世代マネージャーを教育するための適切なカリキュラムを提供することができない。一方、有能なマネージャーを適所に配置しなければ、その成長事業を生み出す条件が整わない。このような「イノベーションのジレンマ」に人事担当役員は適切に対処しなければならない。

「経験の学校」の理論では、潜在能力を測る指標は「社員に備わっている能力」ではなく「将来起こり得る状況で必要となるスキルを獲得する能力」である。幹部候補に求められる能力は、将来放り込まれる「経験の学校」で身につけるべきことを学ぶ力である。

潜在能力の高い社員を特定するための人事考課では、「ライトスタッフ」の条件に基づく評価ではなく「学習力」を重視すべきである。例えば「進んで学習する」「意見を受け入れ、それを活かす」「適切な質問をする」「物事を新しい観点から捉える」「過ちから学ぶ」といった、新しいスキルを習得する意欲にあふれた社員を特定することを狙いとする評価だ。

仕事の適正が既に十分あると見なされた人材は、業務から学習する余地が少ない。逆に、学ぶ余地が大きい人材は、業務に活かせる経験がほとんどない。成果をもたらすために適性を持った人材を活用しつつ、さらなる能力開発が必要な有望社員に学習の機会を与えるためには、業績拡大ばかりを追求しない自制心と次世代のマネージャーを育てる先見の明が求められる。

社内の経営開発プロセスは、マネージャーのスキルと社内の「プロセス」や「価値基準」との間に、最適化された相互依存型のインターフェースを作り出すことができる。しかし、マネージャーの能力が十分でない状況では、「モジュール型」のマネージャーを外から雇って、社内の複雑で相互依存的な「資源 – プロセス – 価値基準」の体系に投入しても、うまくいかないことが多い。「ライトスタッフ」の属性を数多く備えた人を迎え入れることは、予想以上に失敗する確率が高い。

新成長事業を続けざまに立ち上げる企業は、経営者育成の好循環を作り出すことができる。成長事業を次から次へと立ち上げれば、次世代経営者に破壊的イノベーションを指揮する方法を教え込む学校が出来上がる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (10)

優良企業は、破壊的なアイデアを主流市場に「押し込む」傾向にある。その結果、持続的技術の基盤で消費と対抗することを余儀なくされる。破壊的イノベーションを開発・商品化するための戦略が、主流組織という枠内で策定される以上、それ以外の帰結は期待できない。組織の「プロセス」と「価値基準」の目的が、持続的イノベーションのみを実行することにあるからだ。

現在の組織が新成長事業の構築に適しておらず、新しい能力を構築する必要があるとき、「資源 – プロセス – 価値基準」のモデルと「作るか/買うかの判断」が指針として役立つ。また作ったり買ったりできるのは「資源」だけでない。「プロセス」や「価値基準」も生み出し、購入することができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (9)

図7-1 適切な組織構造と運営主体を見つけるための枠組み
図7-1. 適切な組織構造と運営主体を見つけるための枠組み

 
図7-1のAからDの領域は、主流組織の「プロセス」と「価値基準」との適合性によって、どのような課題に対処する必要があるかをまとめたものである。

<領域A>

  • 経営者が、画期的ではあるが持続的な技術進歩に直面している状況。
  • 持続的な技術進歩は組織の価値基準と適合するが、これまでとは違ったタイプの問題を解決するために、新しい方法で相互作用や連携を行う必要が生じる。
  • 重量級チームが必要となる。

<領域B>

  • プロジェクトが会社の価値基準だけでなく、プロセスにも適合している状況。
  • 既存組織同士が機能的境界を越えて連携すると、新事業を容易に構築することができる。

<領域C>

  • 組織の既存のプロセスにも価値基準にも適合しない、破壊的な技術変化。
  • 自律的組織の設立が不可欠である。

<領域D>

  • 主流部門と同等の製品やサービスを、間接費がはるかに低いビジネスモデル。
  • 新事業は主流組織の物流管理プロセスを活用できるが、予算管理、経営、損益の責任は分離する必要がある。

図7-1を利用するにあたっては、破壊が相対的な概念だということを念頭に置く必要がある。ある企業に破壊的な影響を及ぼすものが、他の企業には持続的な影響を与えることがある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

<関連ページ>
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (11)
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (12)

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (8)

図7-1 適切な組織構造と運営主体を見つけるための枠組み
図7-1. 適切な組織構造と運営主体を見つけるための枠組み

 
図7-1は、経営者が新成長事業を立ち上げる際、どのような場合に既存の組織能力を活用し、どのような場合に新しい能力を社内で生み出したり、外部から購入したりすべきかを判断する上で役立つ枠組みである。この枠組みは次のような意味を持つ。

<左の縦軸:組織のプロセスとの適合性>

  • 組織で現在用いられている、相互作用、意思伝達、連携、意思決定のパターンなどの既存プロセスが、新しい仕事を遂行する上でどれだけ効果的か
  • 適合性が高ければ、プロジェクト・マネージャーは既存の機能組織で行われている仕事を連携させるために、既存プロセスを活用できる。
  • 適合性が高くなければ、新しいプロセスや連携の方法が必要となる。

<右の縦軸:開発チームの構造>

  • 既存のプロセスを活用または排除するための3種類の組織構造
  • イノベーションの商品化を担当する開発チームは、「重量級チーム」「軽量級チーム」「機能的組織」として構成することができる。

<上の横軸:商品化を担当する組織の位置付け>

  • イノベーションの開発を担当する組織部門にどの程度の自律性が求められるか
  • 適合性が低い破壊的イノベーションでは、新事業の開拓や商業化を推進する、自律的な組織を設立することが不可欠だ。
  • 適合性が高い持続的イノベーションでは、主流組織の活力や資源がプロジェクトを支えることが期待できるため、スカンク・ワークスやスピンアウトの必要はない。
    * スカンク・ワークス:イノベーションを促すために、柔軟な構造を持つ研究開発組織によって、非日常的な創造の場をつくること

<下の横軸:組織の価値基準との適合性>

  • 組織の価値基準が新しい実行計画に必要な資源を配分するかどうか
  • 適合性が低い場合、つまりプロジェクトが組織のビジネスモデルにとって破壊的な影響を及ぼす場合は、主流組織の価値基準でプロジェクトに与えられる優先順位は低くなる。

  

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

<関連ページ>
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (11)
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (12)

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (7)

組織は「プロセス」の中に、持続的イノベーションの能力を生み出していく。持続的技術への投資は、性能向上やコスト削減を通じた利益率改善につながることから、優良企業の価値基準にも適合する。

他方、破壊的イノベーションは不定期に生まれるため、これに対処するための慣例的なプロセスを持っている企業は存在しない。また、一般的に破壊的製品は販売単位当たりの利益が少ないため、破壊的イノベーションはリーダー企業の価値基準に合わない。

優良企業は、持続的技術でも破壊的技術でも成功できるだけの「資源」を持っているが、「プロセス」や「価値基準」が、破壊的技術を成功させる取り組みでは、優良企業も無能力にしてしまう。対して規模の小さな破壊的企業は、新興の成長市場を追求する能力に長けている。資源が不足しているが、小さな市場を受け入れる価値基準があり、販売単位あたりの利益が小さくても対応できるコス卜構造を持っている。

新成長事業を構築する経営者の仕事は、適した「経験の学校」に通ったマネージャーを配置することだけではない。新成長事業の構築に適したプロセスを持ち、そこでの活動を優先させる価値基準を持つ組織に、新事業を任せることが求められる。イノベーションのための要件が、運営組織のプロセスや価値基準と適合していなければ成功しない。

「資源 – プロセス – 価値基準」の枠組みを用いると、どのような変革のマネジメントについても検討することができる。変革を行うためには、新たな「資源」や「プロセス」、そしてときには新たな「価値基準」を生み出すことが必要になる。どのような種類のイノベーションにも、画一的なプロセスや組織をやみくもに当てはめることをしなければ、新成長事業を成功させる可能性を大幅に高められる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (6)

組織の能力は、設立間もない頃には「資源」に影響を受けるが、やがてそれは「プロセス」や「価値基準」へと移動する。人々が繰り返し発生する作業に協調して取り組むうちに「プロセス」がはっきりしてくる。そして、ビジネスモデルが形成され、どのタイプの事業が最優先されるかが明確になるにつれて「価値基準」が生まれる。

イノベーションを成功させる能力が「資源」から「プロセス」や「価値基準」へと移動するにつれて、成功を持続させることが容易になる。組織の能力が「資源」よりはむしろ「プロセス」や「価値基準」に根ざしているため、毎年質の高い仕事をこなし続けることができる。

新しい企業の「プロセス」や「価値基準」には、一般に創業者の行動や姿勢が色濃く反映される。創業者の問題解決手法や意思決定基準に基づいて反復作業に取り組み、成功を収めるうちに、企業に「プロセス」が確立されていく。同様に、創業者の優先順位に従って「資源」の用途に優先順位付けをし、経済的な成功を収めるうちに、企業の「価値基準」が形成されていく。

成功を収めた企業が成熟するにつれ、従業員はそれまで受け入れていた優先順位や、それまで成功を収めてきた仕事のやり方や意思決定手法が、正しいやり方だと思い込むようになる。これらの「プロセス」や「価値基準」が「企業文化」を形成するようになる。そして「文化」は従業員に一貫した行動を余儀なくさせることができることから、強力なマネジメント手段に成り得る。

このように、組織の能力と無能力を定義する最も強力な要因は、「資源」からやがて、認識しやすい「プロセス」と「価値基準」へ、そして「文化」へと移動する。組織の能力が「プロセス」や「価値基準」に移動し、特に「文化」に埋め込まれてしまうと、変革はとてつもなく困難になる。

一般的に、優良企業が新成長事業を構築するために、これまでとは異なる「資源」「プロセス」「価値基準」を用いる必要が生じるのは、中核事業が好調で、その成功を持続させるために必要な「資源」「プロセス」「価値基準」を変えられない時期である。そのとき「資源」「プロセス」「価値基準」を変革するマネジメントにおいては、一般に必要だと考えられているよりもはるかに臨機応変に対応する必要がある。

ハーバード大学のマイケル・タシュマン教授とスタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授は「両手ききの組織/両利きの組織(ambidexterity)」を構築することの必要性について研究している。彼らは、主流組織の価値基準に適合しない、重要な破壊的イノベーションを推進するためには、自律的な組織を「スピンアウト」させるだけでは不十分であると主張する。

経営幹部がスピンアウトを実行するのは、破壊を重要課題から外して、主流事業に専心するためだけのことが多いからである。彼らによると、真に「両手ききの組織」を構築するためには、一つの事業部門の中にこの2種類の組織、いわゆる「破壊的組織」と「持続的組織」を配置する必要があるという。

破壊的組織と持続的組織の運営は、これらを「1つのポートフォリオの中の2つのビジネス」として扱わないような事業部門に任せる必要がある。そして、2つの組織を統合して共有する必要があるものと、それぞれの組織が自律的に実行すべきものを、十分な配慮の下で区別する能力を持ったマネージャーに指揮を執らせなければならない。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (5)

[ 価値基準 ]

組織の価値基準とは、従業員が仕事の優先順位を決定する際に用いる判断基準を指す。例えば、ある注文が魅力的かどうか、顧客が重要かどうか、新製品のアイデアが魅力的か取るに足りないか、などを判断する際の基準である。

企業が大規模で複雑になればなるほど、役員があらゆるレベルの従業員を訓練して、企業の戦略的方向やビジネスモデルと整合性の取れた優先順位の決定を、自発的な行動のもとで下せるように教育することが重要になる。また企業の価値基準は、いずれはその企業のコスト構造や収益モデルに適合するような形に変わって行かねばならない。

「資源」と「プロセス」が、組織に何ができるかを定義する成功因子であることが多いのに対し、「価値基準」は組織ができないこと、つまり制約を定義する。また、全く異なるコスト構造に基づく価値基準を持つ企業は、優先順位の付け方も異なる。このような価値基準の違いが、破壊する者と破壊される者との間に存在する「モチベーションの非対称性」を生み出す。

優良企業の価値基準は、少なくとも2つの側面において、しばしば予測可能なやり方で時間をかけて変化していく。

  1. 粗利益率の許容範囲に関わる変化
    • 企業が市場の上位市場の魅力的な顧客を獲得しようとして製品やサービスを改良すると、間接費がかさむことが多い。
    • 企業の価値基準は上位市場に移行するうちに変わっていく。
  2. 企業がうまみを感じる事業規模に関わる変化
    • 企業の株式時価総額は予想将来収益の割引現在側値に等しいため、単に成長を持続させるだけでなく、一定の成長率を維持しなければならない。
    • 企業は大規模になるにつれ、小さな新興市場に参入する能力をすっかり失ってしまう。
    • 成功した大企業は、莫大な資源を思い通りにできるようになるが、その価値基準のせいで、今は小さいが大きく育つであろう破壊的市場に投入することはできない。

 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (4)

[ プロセス ]

従業員が労働、設備、技術、製品設計、ブランド、情報、活力、現金といった資源のインプットを、価値の高い製品やサービスに変換するとき、組織は価値を生み出す。組織がこのような変換を実現する、相互作用や連携、意思伝達、意思決定などのパターンが、「プロセス」である。

プロセスには、製品の開発や製造に関連したもののほか、調達、市場調査、予算編成、人材開発および報酬決定、資源配分を遂行する方法などが含まれる。

明確に定義・文書化された「公式」なプロセスもあれば、習慣的な手順や仕事のやり方から生まれた「非公式」なプロセスもある。長年にわたってプロセスの効果が実証されると、それらが組織文化を構成することもある。何であれプロセスは、組織がインプットをさらに価値の高いものに変換する方法を規定する。

企業は他社より優れたプロセスを生み出すことで競争優位に立ち、また優れたプロセスは効果的な行動を忠実に反復することで作り出せる。そして優れたプロセスが一度成立すると、それを変えることは難しくなる。

プロセスは、特定の業務に取り組むために定められるか、自然に生まれる。ある特定の業務を遂行する上では能力を示すプロセスは、それ以外の業務に適用されると、融通が利かず効率が悪くなって無能力を示すことが多い。多くの資源が柔軟であるのとは対照的に、プロセスは本質的に変化しないようにできている。

一般に破壊的イノベーションが市場の最低層や競争の新しい次元に出現するのは、中核事業の絶頂期、つまりすべてに「大変革を起こす」ことが突拍子もない考えに思われるときである。そのため、イノベーションを推進するマネージャーは、中核事業を効率良く運営するために設計されたプロセスを、ついつい新成長事業にも用いてしまう。新事業の構築が失敗する理由は、不適切なプロセスが用いられるからである。
 
イネーブリングとバックグラウンド

検討すべきプロセスの中で最も重要なものは、投資判断を側面から支援するプロセス(イネーブリング)や背景的なプロセス(バックグラウンド)であることが多い。たとえば、市場調査をいつもどのように行うか、その分析結果をどのように財務予測に反映させるか、計画や予算をどのように取り決めるか、その数字をどのように実現するか、といったことだ。破壊的な成長事業を生み出すための最も深刻な無能力は、このようなプロセスにあることが多い。

側面的プロセスや背景的プロセスは目に付きづらいため、主流組織のプロセスが新成長事業に役立つか、妨げになるかを判断しづらいかもしれないが、組織が過去に似たような状況や業務を経験したかどうかを考えてみれば推測がつく。組織が似たような業務に繰り返し取り組んだことがなければ、その業務を成し遂げるためのプロセスが生み出されたとは考えづらい。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (3)

実績を持つマネージャーが、なぜ新事業を誤った方向へ導くのか。この疑問に答えるために、次の3つのステップを通して「経験の学校」について考えてみよう。
 
仮にあなたが、破壊的新事業の立ち上げを決定している場に居合わせたとしよう。あなたは「経験の学校」に基づいて、3つのステップを実行するだろう。
 
STEP1 何を対処することになりそうかを明らかにする
新事業を担当するチームが取り組まなければならない問題を、以下のように列挙する。

  • 戦略を探り出し、関係者の総意を得て、それを基に事業を構築しなければならない。
  • どのような方法で市場を細分化すればよいか検討しなければならない。
  • 顧客がどのような仕事を片づけようとしているのかを見抜き、その仕事をこなすような製品やサービスを設計しなければならない。
  • 製品を積極的に販売できるような流通チャネルを見つけるか、創る必要がある。
  • 親会社が押しつけてくる間接費やプロセス、計画要件や予算編成サイクルなどを、ある程度受け流す必要がある。
  • 成長を生み出すための投資を親会社から得られるよう、利益を獲得するとともに、親会社の認識や期待を適切にマネジメントしなければならない。

STEP2 経験の学校を通じて履修して欲しい科目を列挙する
STEP1で挙げた問題に対処する過程で養われた経験を、新事業を担当するマネージャーの「雇用条件」とする。

  • 例)CEO:過去に戦略が正しいことを確信して新事業を立ち上げたものの、うまく行かないことに気付き、試行錯誤を繰り返して到達した戦略によって成功させた経験
  • 例)マーケティング担当役員:萌芽期にあった市場の構造を直観的に見抜き、従来無消費者だった顧客にとって重要な「用事」をうまくこなす、新しい製品やサービス・パッケージをまとめた経験

STEP3 マネージャーが履修した科目と見比べる
最後に、新事業に求められる経験と、これまで事業を率いたマネージャーたちの履歴書に記されていた経験とを比較する。

  • 新事業では、確立した市場を明確な製品ラインで狙う、巨大で複雑なグローバル組織を運営する方法を学んだ経験は役に立たない。
  • 新事業では、破壊的製品によって市場での最初の足がかりをつかむという挑戦に取り組んだ経験が求められる。

このように、新事業において求められる「経験の学校」は、実績あるマネージャーが通った「経験の学校」とは大きく異なる。したがって、中核事業で成果を上げ、役員から絶大な信頼を得ているマネージャーに、新成長創出の先導役を任せるのは適していない。

逆に新事業が大きく成長する段階においては、「経験の学校」で事業拡大を学んだマネージャーが必要になる。新事業が1つの製品で成功した後に燃え尽きてしまうのは、「優れた製品を繰り返し生み出し、確実に供給するためのプロセスを構築するために必要な直観や経験」が創業者に欠けているからだろう。

安定企業が新事業を通じて成長を甦らせようとするときに厄介なのは、社内の「経験の学校」が、破壊的事業の立ち上げ方を教えるような「科目」をほとんど提供していないことである。人事担当役員は、まず社内の「経験の学校」を観察して、どの部分に必要な科目を設置できるかを検討すべきである。そして有望なマネージャーに、新成長事業の舵取りを打診する前に、適切な科目を確実に履修させるよう図る必要がある。

必要な「教育」を受けたマネージャーが社内で見つからない場合は、新事業のチームの中に「経験の学校」で必要なことを学んだ人材をバランスよく含めるよう、図らなければならない。適切な科目を履修したマネージャーを探し出すことは、成功に必要な能力を構築する、重要な最初の一歩である。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (2)

組織の能力は「資源」「プロセス」「価値基準」という三要素で測ることができる。組織の能力と無能力を的確に評価することで、破壊的イノベーションの成功率を大いに高めることができる。
 
[ 資源 ]

資源は三要素のうち、最も具体的な要素である。資源には、人材、設備、技術、製品設計、ブランド、情報、資金、それに供給業者や流通業者、顧客との関係などが含まれる。

資源の多くは「資産」であり、雇ったり解雇したり、購入したり売却したり、価値を減らしたり高めたりできる。資源の多くは有形で測定可能なため、価値を容易に評価できる。また資源は概して柔軟性が高いため、組織間で比較的容易に移転できる。

新事業がつまずく原因の多くが、不適切な人材(資源)がリーダーに選ばれたことにあるだろう。企業が「ライトスタッフ(The Right Staff:正しい資質)」に基づいてマネージャーを選ぶと、過ちが起こると思われる。これには、CEOから事業部長、またプロジェクト・マネージャーに至るまで、あらゆるレベルのマネージャーが該当する。

「ライトスタッフ」の属性を持つ人物であれば、リスクの高い新事業も首尾よく運用できるという考えは間違いである。この考えを正すには、モーガン・マッコール教授が主張する「状況に基づく理論」を参考にするとよい。
 
状況に基づく理論

  • 人々が新しい任務で成果をあげる手段であるマネジメント能力と直感は、それまでのキャリアにおける経験を通じて形成される。
  • 事業部門が「学校」、マネージャーがそこで取り組んだ問題が、その学校が提供する「カリキュラム」を構成する。
  • マネージャーが持っている、または持っていないと思われるスキルは、さまざまな経験の学校で履修した、または履修しなかった「科目」に大きく影響される。

「経験の学校」の考え方では、新事業の責任者として有能なマネージャーや、起業し順調に育て上げた経験を持つ社外の人材を選任するのはリスクが大きい。新しい任務で成功するために必要なスキルを習得したマネージャーを選ぶには、候補者が過去にどのような問題に取り組んできたかを検討する必要がある。問題に取り組むことを通じて、次に同様の問題に直面したときに対処するためのスキルや直観を養った人材を選任するとよい。

人間は、成功より失敗から多くのことを学ぶ。失敗することと、失敗から立ち直ることは、経験の学校の特に重要な科目である。処置を誤っても、その過ちから立ち直ることを通じて直観を養えば、次からは地雷原を通り抜けられるようになる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社