イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (5)

① 破壊的技術の弱みは強みでもある

「性能の供給過剰」「製品のライフサイクル」「破壊的技術の出現」が相互に影響し合う中では、主流市場で破壊的技術を役に立たたないものとしている特性が、新しい市場で価値を生むことが多い。

破壊的イノベーションで成功する企業は、最初にその技術の性質や機能を当然のものと捉え、それらの特性を評価し受け入れる新しい市場を見つけるか、開拓しようとする。一方、破壊的技術に追い落とされた企業は、確立された市場のニーズを当然のものと受けとめ、その技術が主流市場でも十分評価されると思えるまで破壊的技術を販売しない。それは、持続的技術に適した考え方を破壊的技術にも当てはめるからである。

優良企業が破壊的技術に直面したとき、開発における最大の課題は「技術」であり、既存の市場に合うように破壊的技術を改良することだと考えがちである。一方、破壊的技術の商品化に成功した企業は、開発における最大の課題は「マーケティング」であり、製品の破壊的な特性が有利になる次元で競争が発生する市場を開拓するか、見つけることだと考える。

破壊的技術を研究室で温め、主流市場に適したものになるまで育てようとする企業は、破壊的技術の特性を当初の状態のまま受け入れる市場を見つける企業のようには成功しない。
 
② 破壊的技術は確立された技術より単純、低価格、高信頼性、便利

性能の供給過剰が起こり、破壊的技術が主流市場を下から攻撃するようになると、破壊的技術は「機能」に対する市場の需要を満たす。さらに主流製品より単純、低価格で、信頼性が高く、便利であるがゆえに、成功する場合が多い。

優良企業は高性能、高収益の製品と市場を追い求める傾向があるため、最初の破壊的製品に余計な機能を付けないことに抵抗感がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (4)

破壊的技術には、製品のライフサイクルと競争力学に対して常に影響を与える、重要な性質がさらに2つある。

  • ① 破壊的技術の弱みは強みでもある
    主流市場において「破壊的製品を価値のないものとする特性」が、新しい市場では「強力なセールスポイント」になることが多い。
  • ② 破壊的技術は確立された技術より単純、低価格、高信頼性、便利
    破壊的製品は、確立された製品に比べて「シンプル」「低価格」「信頼性が高い」「便利」といった特長を備えていることが多い。

マネージャーは、これらの特性を理解した上で、破壊的製品の設計、開発、販売における独自の戦略を効果的に計画する必要がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (3)

性能の供給過剰は「製品のサイクルを次の段階への移行を促す重要な要因」であり、「購買階層のある段階から別の段階への移行を促す要因」でもある。そのことを示す2つのマーケティング・モデルを紹介する。

  1. ウィンダミア・アソシエーツの「購買階層」
    (1)機能、(2)信頼性、(3)利便性、(4)価格の4段階で構成される製品サイクル

    • (1) 機能
      機能に対する市場の需要を満たす製品がない状況では、競争の基盤、つまり製品の選択基準は製品の『機能』になりやすい。
    • (2) 信頼性
      機能に対する市場需要を十分に満たす製品が複数現れると、「顧客信頼性に対する市場の需要」が「メーカーが供給できる信頼性」を上回る間は、顧客は『信頼性』を基準に製品を選択し、最も信頼性の高い製品のメーカーがプレミアムを稼ぐ。
    • (3) 利便性
      複数のメーカーが「市場が求める信頼性」を満たすまで改良を進めると、競争の基盤は『利便性』へと移り、顧客は最も使いやすい製品と最も取引しやすいメーカーを選択するようになる。「市場の需要」が「メーカーが供給できる利便性」を上回っている間は、顧客は利便性を基準に製品を選択し、メーカーはそれに対して価格プレミアムを受ける。
    • (4) 価格
      最後に複数のメーカーが、市場の需要を十分に満たす便利な製品やサービスを提供するようになると、競争の基盤は『価格』へと移る。

     

  2. ジェフリー・ムーアの「クロッシング・ザ・カズム(キャズム理論)」
    (1)イノベーター、(2)アーリーアダプター、(3)アーリーマジョリティー、(4)レイトマジョリティー、(5)ラガードの5つの客層で構成されるテクノロジー導入ライフサイクル

    • (1) イノベーター
      製品はまず、製品を機能だけで選択する顧客である『イノベーター』によって使われる。この段階では、最も高性能な製品が大きな価格プレミアムを得る。
    • (2) アーリーアダプター
      次に『アーリーアダプター』という顧客が製品を購入するようになり、主流市場の機能に対する需要が満たされると、市場は大幅に拡大する。

    • (3) アーリーマジョリティー
      市場の拡大に伴い、メーカーは『アーリーマジョリティー』という顧客の間に生じる信頼性に対する需要に対応しようとする。
    • (4) レイトマジョリティー
      製品とメーカーの信頼性の問題が解決されると、第三の成長の波がおとずれ、イノベーションと競争の基盤は利便性へと移り『レイトマジョリティー』という顧客を引き込む。

    • (5) ラガード
      ある次元の性能に対する市場の需要が飽和状態に達するまで、技術は進化することができる。イノベーションが一般化すると『ラガード』という顧客がようやく製品を採用する。

『機能』『信頼性』『利便性』『価格』という競争基盤の進化のパターンは、多くの市場に見られる。そして、破壊的技術の登場は競争基盤の変化の兆しである。

「性能の供給」が「市場の需要」を超えると、それが差別化した製品であっても市場は価格プレミアムを支払わない。市場の需要を超えた性能を持つ製品は、市況商品のように価格が決定されるようになり、競争の基盤を変える破壊的製品がプレミアムを獲得することができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (2)

図9-1. 競争基盤の変化
図9-1. 競争基盤の変化

 
性能の供給過剰が起きると、競争の基盤に変化が起きる。ある性能に対する需要が飽和状態になると、まだ市場の需要を満たしていない他の性能指標が重視される。

一般に、ある特性に対して求められる性能レベルが達成されると、特性がさらに向上しても顧客は価格プレミアムを払おうとしなくなる。それは市場が飽和状態に達したことを表す。このように性能の供給過剰は競争基盤を変化させ、顧客が複数の製品を比較して選択する際の基準が、まだ市場の需要が満たされていない特性へと移る。

図9-1のように競争基盤が繰り返し変化し、完全に差別化の要素がなくなる(複数の製品がすべての性能指標に対する市場の需要を満たす)と、製品は市況商品(需給関係に応じて価格が変化する商品)になる。製品の特徴と機能が市場の需要を超えてしまうと、特徴や機能の違いは意味を失う。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (1)

性能の供給過剰が発生すると、破壊的技術が出現し、確立された市場を下から侵食する可能性が出てくる。性能の供給過剰は、破壊的技術の脅威や機会を生み出すため、その製品市場の競争基盤に根本的な変化をもたらすきっかけにもなる。

顧客がある製品・サービスを、他の製品・サービスと比較し選択するときに、順位を決める基準が変わる。このとき製品のライフサイクルが、ある段階から次の段階へ移行する兆しが現れる。供給される性能と求められる性能の軌跡が交差すると、製品のライフサイクルの段階が根本的に移り変わるきっかけになる。

第9章では、ディスク・ドライブ業界の分析をもとに、性能の供給が市場の需要を超えたときに何が起きるかについて述べる。また「会計ソフト」と「糖尿病治療製品」の市場における製品のライフサイクルについても考える。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (13)

第8章をまとめると次の通りである。

  • 変化に直面した組織を率いる経営者は、まず必要な「資源」を確保し、次に組織に成功するための「プロセス」や「価値基準」があるかどうかを検討しなければならない。
  • 組織の能力そのものが、無能力の決定的要因になる。
  • 組織で慣例的に使ってきたプロセスが、新しいプロジェクトに適しているかどうかを検討する。
  • 組織の価値基準にもとづいて、プロジェクトに高い優先順位が与えられるかどうかを検討する。
  • 能力の高い人材を、新しい仕事の成功には役立たない「プロセス」や「価値基準」の中で働かせようとすると、イノベーションが困難になる。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (12)

図8-1 イノベーションの条件と組織の価値基準の適合性
図8-1. イノベーションの条件と組織の価値基準の適合性

 
図8-1のA~Dエリアは、プロジェクトに必要なプロセスと価値基準に合わせて、どのようなチームを構成すればよいのかを表したものである。

[ Aエリア : 持続的技術 × 新しいプロセス × 重量級チーム ]

  • プロジェクトが組織の価値基準に適合する、持続的な技術の変化に直面している状況である。
  • これまでとは解決すべき問題の種類が異なるため、グループや個人の間で新しい種類の反復作業や協調が必要になる。
  • 新しい仕事に取り組むには重量級チームが必要だが、プロジェクト自体は主流企業の内部で遂行できる。

[ Bエリア : 持続的技術 × 従来のプロセス × 軽量級チーム/機能的組織 ]

  • 組織の既存のプロセスや価値基準に適合するプロジェクトが該当する。
  • 軽量級チームや機能的組織で成功できる。
  • 主流組織の中で、機能分野の境界を超えてチーム間の協調が求められる。

[ Cエリア : 破壊的技術 × 新しいプロセス × 重量級チーム ]

  • 組織の既存のプロセスや価値基準とは相容れない、破壊的な技術の変化に直面している状況である。
  • 自律的な組織を新設し、重量級チームに開発への取り組みを任せる必要がある。

[ Dエリア : 破壊的技術 × 従来のプロセス × 軽量級チーム/機能的組織 ]

  • 主流組織と同等の商品やサービスを、はるかに間接費の低い事業モデルによって販売する必要があるようなプロジェクトが該当する。
  • 既存の能力を生かすには、軽量級チームや機能的組織が適している。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (11)

図8-1 イノベーションの条件と組織の能力の適合性
図8-1. イノベーションの条件と組織の能力の適合性

 
図8-1は、既存のプロセスと価値基準に内在する能力が利用できるかどうかを整理・判断するためのフレームワークである。左の軸は、組織で現在使われている反復作業、コミュニケーション、協調、意思決定のパターンなど既存のプロセスを使って、新しい仕事をどれだけ効果的に遂行できるかを表す。右の軸は、左の軸の状況に適したチーム構造を示している。機能的組織や軽量級チームは既存の能力を生かすのに適しており、重量級チームは新しい能力を生かすのに適している。

主流事業のやり方や意思決定の方法が新しいチームの仕事では役に立たず、むしろ妨げになるような場合は「重量級チーム」が必要である。重量級チームとは、新しいプロセス、つまり連携して新しい能力を構築する新しい方法を作り出すための手段である。

重量級チームのメンバーは、単に自分たちの役割の範囲内で能力を発揮するだけでない。ゼネラル・マネージャーと同じように行動し、プロジェクトのために決定や取捨選択を行わなければならない。このようなメンバーは、通常、プロジェクトへの貢献度が高く、同じ場所で仕事をする。重量級チームのメンバーが連携してプロジェクトを遂行するうちに、新しいコミュニケーションや意思決定の方法が作られ、新しいプロセス、ひいては新しい能力を形成するようになる。事業が発展していくと、それらは慣行化して文化となる。

図8-1の横軸は、組織の価値基準から見て、新しい事業が成功するために必要な資源が割り当てられるかどうかを表す。新しい事業の適合性が低い場合は、主流組織の価値基準ではプロジェクトの優先順位は低くなる。成功するためには、開発と商業化を行う自律的な組織を設立することが求められる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社