イノベーションのジレンマ:終章 (3)

持続的技術で成功してきた従来の経営慣行を、破壊的技術に適用すると必ず失敗する。成功につながる最も有効な方法は、破壊的技術に関する法則を理解し、それを利用して新しい市場と製品を生み出すことである。

破壊的技術に直面した経営者に対して、次のことを勧める。

  1. 破壊的技術の開発を、そのような技術を必要とする顧客がいる組織に任せることで、プロジェクトに資源が流れるようにする。
  2. 独立組織は、小さな勝利にも前向きになれるように小規模にする。
  3. 最初からうまくいくと考えず、失敗に備えておく。破壊的技術を商品化するための初期の努力は「学習の機会」と考え、データを収集しながら修正していくとよい。
  4. 躍進は期待せず、早い段階から行動して、現在の技術の特性に合った市場を見つける。主流市場にとって魅力の薄い破壊的技術の特性が、新しい市場を作り出す要因になる。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:終章 (2)

クリステンセン教授は以下の「破壊的技術の五原則」を提唱し、既存の技術を利用する上で最も効果的な経営慣行が、破壊的技術の開発を妨げる理由を説明している。さらに、企業経営者がこれらの原則にどのように従えば、将来自分たちの市場に広がるであろう新技術をうまく開発できるのかを示唆している。

  1. 企業は顧客と投資家に資源を依存している
    • 企業が生き残るためには、顧客や投資家が必要とする製品、サービス、収益を提供しなければならない。
    • 優良企業には、顧客が求めないアイデアを切り捨てるシステムが整備されており、利益率が低い破壊的技術に十分な資源を投資することは極めて難しい。
  2. 小規模な市場では優良企業の成長ニーズを解決できない
    • 優良企業は株価を維持し、従業員に機会を与えるために、成長し続ける必要がある。
    • 会社の規模が大きくなると、同じ成長率を維持するためには、新しい収入の金額を増やす必要がある。
    • 会社の規模が大きくなるにつれ、将来は大規模な市場になるはずの小さな新興市場に参入することが難しくなっていく。
  3. 存在しない市場は分析できない
    • 確実な市場調査と綿密な計画の後で計画どおりに実行することが、優れた経営の特徴である。
    • 数値的根拠がなければ市場に参入できない企業は、まだ存在しない市場に向かう破壊的技術に直面したとき、手も足も出なくなる。
  4. 組織の能力は無能力の決定的要因になる
    • 組織の能力は、労働力、エネルギー、原材料、情報、資金、技術といったインプットを付加価値に変える「プロセス」と、組織の経営者や従業員が優先事項を決定するときの「価値基準」によって決まる。
    • 「資源」とは違って「プロセス」や「価値基準」には柔軟性はない。
    • 組織の能力を生みだすプロセスや価値基準も、状況が変わると、組織の無能力の決定的要因になる。
  5. 技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない
    • 破壊的技術は、当初は小規模な市場でしか使われないが、いずれ主流市場で競争力を持つようになる。それは技術進歩のペースが、時として主流顧客が求める性能向上のペースを上回るからである。
    • 2つ以上の製品が十分な性能基準を満たせば、顧客は他の基準に従って製品を選ぶようになる。それらの基準は『性能 → 信頼性 → 利便性 → 価格』の順で変化することが多く、いずれの基準についても、新しい技術の方が有利であることが多い。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:終章 (1)

優良企業がたびたび失敗するのは、その企業を業界リーダーに押し上げた経営慣行そのものが、破壊的技術の開発を困難にし、最終的に市場を奪われるからである。

優良企業は、既存の顧客の需要に応えて製品の性能を高める持続的技術の開発を得意としており、次のような特徴が見られる。

  • 顧客の声に耳を傾ける
  • 求められたものを提供する技術に積極的に投資する
  • 利益率の向上を目指す
  • 小さな市場より大きな市場を目標とする

破壊的技術は、市場の価値基準を変える。破壊的技術が最初に出現するときには、ほほ例外なく、主流顧客が評価する特性において性能が低い。

しかし、破壊的技術には、少数派の(たいていは新しい)顧客に評価される別の特性(低価格、小型、単純、使いやすい)がある。破壊的技術により新しい市場が開拓されると、その後性能が高められていき、やがて従来の市場を浸食するようになる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第11章 イノベーションのジレンマまとめ

破壊的イノベーションに直面したときにうまく機能しないからといって、主流市場で企業を成功に導いてきた能力、組織構造、意思決定プロセスを捨てる必要はない。企業が直面するイノベーションの大部分は持続的な性質のものであり、それらの能力は持続的イノベーションに取り組むために作られているからである。

イノベーションのジレンマに関する洞察は次の通りである。

  1. 市場が求める、あるいは市場が吸収できる進歩のペースは、技術によって供給される進歩のペースとは異なる場合がある。今のところ顧客に役に立つとは思えない製品(破壊的技術)が、明日にはニーズに応えられるかもしれない。この可能性を認識するならば、顧客が現在必要としていないイノベーションについては顧客を頼るべきではない。現状を分析し、会社が直面しているのがどちらの状況なのかを明らかにするには、軌跡グラフが有効である。
     
  2. イノベーションのマネジメントには資源配分プロセスが反映される。必要な資金と人材を獲得した革新的な案には成功の可能性がある。イノベーションのマネジメントが難しい理由の1つは、資源配分プロセスのマネジメントが複雑なことにある。資源配分の決定を実行するのは、企業の主流バリュー・ネットワークの中で知識と直感を身につけてきたスタッフである。
     
  3. あらゆるイノベーションの問題には、市場と技術の組み合わせの問題が伴う。成功している企業は、持続的技術を商品化し、顧客が求めるものを絶えず改良して提供する能力に長けている。この能力は持続的技術に取り組むには貴重だが、破壊的技術に取り組む際には目的に合致しない。企業が破壊的技術を、現在の主流顧客のニーズに無理やり合わせようとすると、ほぼ間違いなく失敗する。破壊的技術の成功ポイントは、その特性が評価される新しい市場を開拓することと、技術ではなくマーケティング上の挑戦と捉えることである。
     
  4. 通常、組織は特定の市場に新技術を持ち込む能力を持っているが、技術を別のやり方で市場に持ち込むことはできない。企業が対応できる製品開発サイクルの期間と生産に至るペースは、企業が属するバリュー・ネットワークの中で培われたものである。組織や個人の能力は、過去に取り組んだ問題の種類によって決められ、磨かれたものであり、その性質は過去に競争してきたバリュー・ネットワークの性質によって形成されている。破壊的技術によって生み出された新しい市場は、それぞれの次元で、全く別の能力を必要とすることが多い。
     
  5. 破壊的技術に直面したとき、目標を定めて大規模な投資を行うために必要な情報は存在しないことが多い。コストをかけず、すばやく柔軟に市場と製品に進出することによって、情報を生み出す必要がある。破壊的技術による成功には試行錯誤が必要である。最初のアイデアにすべてを賭けず、試行錯誤し、学習と挑戦を繰り返す余裕を残しておくマネージャーは、破壊的イノベーションの商品化に必要な顧客、市場、技術に対する理解を深めることに成功する。
     
  6. 企業は、破壊的技術と持続的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある。破壊的イノベーションの場合は、先駆者は圧倒的に有利であり、リーダーシップが重要である。
     
  7. 破壊的技術は、投資することが最も重要な時期にはほとんど意味を持たないため、優良企業の慣習的な経営知識が市場参入や市場移動の障壁になる。持続的技術と破壊的技術の需要の衝突によってイノベーターが直面するジレンマは解決できる。マネージャーはまず、これらの衝突がどのようなものかを理解する必要がある。次に各組織の市場での地位、経済構造、開発能力、価値が顧客の力と調和し、持続的イノベーションと破壊的イノベーションという全く異なる仕事を邪魔せず、支援する環境を作り出す必要がある。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第10章 破壊的イノベーションのマネジメント (2)

破壊的技術に新技術はいらない。むしろ実証済みの技術からできた部品で構成され、それまでにない特性を顧客に提供する新しい製品アーキテクチャーの中で組み立てられる。

破壊的製品は、主要な販売チャネルを塗り替えてしまう。それは流通の収益モデルが、主流バリュー・ネットワークに強い影響を受けて形成されているからである。破壊的技術は、優良企業の収益モデルに合わないだけでなく、既存の流通業者のモデルにも合わないことが多い。そのため、新しい流通経路を見つけるか、創設する必要がある。

破壊的プロジェクトを実行する組織に関しては、次のことが重要になる。

  • 主流組織から独立した破壊的技術に特化した組織を整え、その組織を新しいバリュー・ネットワークの中に組み込む。独立組織にすると「資源依存モデルが(親組織ではなく)自分たちのために機能する」だけでなく「小さな市場では大企業が成長できず利益を出せない」という原則にも対応できる。
  • 「プロジェクトが組織の成長と収益性を高めるための通過点である」ということを理解してもらうのが重要である。「破壊的技術が利益を生むことを、主流組織の全員の心に吹き込む」あるいは「プロジェクトの成功のために必要な過程となるくらいの規模で適切なコスト構造を持った組織を新設する」ことが必要である。
  • 破壊的プロジェクトにおいて、最初の市場への進出は成功しない可能性が高い。失敗を小さくとどめるために、主流組織の価値基準と文化を変えるか、新しい組織を作る必要がある。
  • スカンクワーク(従業員が本来やるべき業務以外の自主的活動)やスピンアウト(会社の一部門を切り離して独立させること)が適切な手段となるのは、破壊的イノベーションに直面したときのみである。
  • バリューチェーン全体に影響を与えるようなアーキテクチャーの変更が発生する場合は、主流企業からは独立した組織で、重量級チームがマネジメントする必要がある。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第10章 破壊的イノベーションのマネジメント (1)

破壊的イノベーションに直面したとき、マネージャーは次の行動をとることで成功を得るだろう。

  1. 破壊的技術の市場と製品を分析する
    • 「自社の製品は競合に対して十分な破壊的脅威となるだろうか」「収益性の高い成長機会となるだろうか」という疑問に対して技術の軌跡グラフを作成し、破壊的技術を見極める。
    • 現在の主流市場の需要を定義し、それを破壊的製品の能力と比較する。
    • 市場の需要を測るため、顧客の意見を聞くだけでなく、顧客の行動を注意して観察する。

     

  2. 技術の軌跡グラフから破壊的技術かどうかを予測する
    • 破壊的製品になるには、いつか主流市場の一部で競争力を持つであろう性能向上の軌跡に乗っていなければならない。この可能性を評価するには「市場で求められる性能向上」と「製品によって供給しうる性能向上」の軌跡を予測する必要がある。
    • これらの軌跡が並行であれば、製品は主流市場の一部にならないだろう。技術の方が需要より速いペースで進歩するのであれば、破壊の脅威は現実のものとなる。

     

  3. 新市場を開拓するマーケティング戦略を策定する
    • 製品が潜在的に破壊的技術であると判断したら、次は新市場を開拓するマーケティング戦略の策定である。
    • 戦略の策定では次のようなポイントを抑える。
      1. 破壊的製品は主流市場の基本的な性能要求を満たしていないため、「最初は主流の用途には使えないこと、確立した市場がないこと」をプロジェクト関係者が認識する。
      2. 破壊的技術の市場に早い時期に参入すれば、後続の企業よりはるかに優位に立つための能力を身につけられるため、いち早く製品が使える市場を見つける。
      3. 足がかりとなる市場で収益をあげて事業基盤とし、その後の持続的イノベーションにはずみをつけ、破壊的技術として上位市場へ、そして主流へと移行する。
      4. 主流市場で破壊的技術の競争力を失わせている特性があれば、それは新しいバリュー・ネットワークでは有利な特性になる。
      5. 初期の市場がどのようなものになるかは市場調査ではわからない。
      6. 市場に関する情報で役に立つのは、実際に市場に踏み込み、試験と検査、試行と錯誤を繰り返し、実際に代金を払うリアルな人びとにリアルな製品を売ることによって得た情報だけである。
      7. 事業戦略は既知の計画を実行するためではなく、学習のための計画でなければならない。
      8. 最初のターゲットに向かって事業を進めるうちに過ちをおかしたら、できるだけ早く何が正しいのかを学ぶ。

     

  4. バリュー・ネットワークと潜在市場を予測する
    • 何が最初のバリュー・ネットワークになるのか、どのような潜在市場があるのかを考える。
    • バリュー・ネットワークや市場の予測は、最終的に当たるかどうかはともかく、少なくとも「破壊的技術の発展」と「成長の過程」に矛盾しないようにする。

     

  5. 製品のライフサイクルを考慮して設計する
    • 製品の競争と顧客の選択が『性能』という尺度から『信頼性』や『利便性』など他の特性に移行しているのであれば、『シンプルさ』や『便利さ』などを特徴とした設計を行う。
    • まず設計においては次の前提が重要となる。
      1. 製品のライフサイクルとともに競争の基盤は変化する。
      2. 性能の供給過剰(技術によって供給される性能が市場の実際のニーズを超えること)が起きると、進化自体が循環する。
    • 性能の供給過剰が起きると、単純、低価格で便利な技術が求められ、破壊的技術の入り込む余地が生まれる。そこに、シンプルさ、便利さといった特性を価値基準に持つ新しいバリュー・ネットワークが生まれる可能性がある。

     

  6. 破壊的技術の設計ポイントを抑える
    • 次の基準に従って設計を進めるとよい。
      1. 単純で信頼性が高く、便利な製品でなければならない。
      2. 製品の最終的な市場と用途は誰にもわからないため、特徴、機能、スタイルを短期間に低コストで変更できる製品プラットフォームを設計する。
      3. 製品の初期モデルは短期間に低コストで仕上げ、市場からのフィードバックに合わせて作り直すための予算を十分に残しておく。
      4. 主流市場の製品よりも価格(あるいは単価)を低く設定する。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

The Innovator’s Prescription

The Innovator's Prescription

The Innovator’s Prescription: A Disruptive Solution for Health Care

Clayton M. Christensen (著), M.D. Grossman, Jerome H. (著), M.d. Hwang, Jason (著)

McGraw-Hill 2016.10.21 441ページ