イノベーションへの解:第5章 事業範囲を適切に定める (6)

統合化からモジュール化への前進は、製品の改良が進んで顧客の要求を追い抜く度に繰り返される。そして「性能が十分ではない状況」に業界を支配していた独自システムや垂直統合企業は、「性能が十分である状況」では特化型企業に取って代わられていく。

統合は、ある時点では競争上不可欠だが、後には競争上の障害となる。モジュール化と特化を駆り立てるのは、以下の予測可能な因果的連鎖である。

  1. 技術改良のペースは顧客の利用能力を上回るため、ある時点では機能性や信頼性が十分でない製品も、やがては顧客の利用できるものを上回るようになる。
        
  2. その結果、競争基盤が変化し、企業はそれまでとは異なる方法で競争することを強いられる。
        
  3. 顧客が機能性や信頼性の向上に対して割増価格を支払う意志を失うにつれ、今度は顧客が求めるものを必要なときに与える能力を持つ供給業者が、利益を得るようになる。
        
  4. 企業は競争圧力により「スピードと顧客ニーズへの対応性をできる限り高めること」を強いられると、相互依存型の独自仕様の製品アーキテクチャを、モジュール型に進化させることによって、この問題を解決する。
        
  5. モジュール型を通じて産業の解体が実現し、一部の特化型企業が、かつて業界を支配していた統合型企業を打倒する。

性能向上の軌跡が各市場の各階層を通過するにつれて支配を弱め、それと同時にモジュール型のモデルが次第に支配的になっていく。アーキテクチャ戦略や統合戦略の有効性は「性能ギャップ」や「性能過剰」の状況に依存する。状況が再び変化すれば、戦略的アプローチもそれに合わせて変える必要がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第5章 事業範囲を適切に定める (5)

図5-1. 製品アーキテクチャと統合
図5-1. 製品アーキテクチャと統合

 
図5-1の「性能が十分である状況(赤領域)」は、製品の機能性と信頼性があまりにも良くなり過ぎた「オーバーシューティング」という状態である。その状況では顧客は改良製品を喜んで受け入れるものの、割増価格を払ってまで購入する意志はない。

オーバーシューティングでは、機能性と信頼性に関するニーズを満たされてしまうと、顧客は「次に何が十分でないか」を定義し直すようになる。顧客はカスタマイゼーション、速度、利便性に関する新たなイノベーションの改良軌跡に沿った性能向上に対して、喜んで割増価格を支払うようになる。これが起こるとき、ある市場階層における競争の基盤が変わる。

図5-1に示すように、新たなイノベーションの改良軌跡上における競争圧力が、製品アーキテクチャの漸進的進化を押し進める。「性能が十分ではない状況(青領域)」ときには有利だった相互依存型の独自アーキテクチャが、「性能が十分である状況(赤領域)」ではモジュール型設計へと進化する。

モジュール型アーキテクチャは、個々のサブシステムの性能を高める上で全体を設計し直す必要がなく、新製品を早く市場に出すことができるため、「性能が十分である状況(赤領域)」において有利である。標準インターフェースはシステム性能に妥協を強いるが、「性能が十分である状況(赤領域)」では多少の機能性をあきらめる余裕がある。

モジュール型は独立した特化型の組織にも、部品やサブシステムの販売、購入、組立を可能とすることから、産業構造にも大きな影響を及ぼす。相互依存的型では、システムの主要要素のどれか一つを製造するために全ての要素を製造する必要があったのに対し、モジュール型では外部委託が可能になり、また一種類の構成要素を供給して利益を得ることもできる。

モジュール型のインターフェースは、最終的には融合して業界標準となる。これが起こると、企業はそれぞれの分野で選り抜きのサプライヤーから調達した部品をうまく組み合わせて、顧客の特定のニーズに巧みに応えられるようになる。そのような特化型企業が、統合型リーダーを破壊する。特化型企業は、それぞれの顧客が必要とする通りのものを迅速に提供することで競い合う。特化型の構造を持つために間接費が低く、割安価格でも利益をあげながら、ローエンドの顧客を摘み取ることができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第5章 事業範囲を適切に定める (4)

図5-1. 製品アーキテクチャと統合
図5-1. 製品アーキテクチャと統合

 
製品の機能性と信頼性が、ある市場階層に属する顧客のニーズを満たすにはまだ十分でない「性能が十分ではない状況(青領域)」では、企業はできる限り優れた製品をつくることで競争しなければならない。競争では、独自仕様の相互依存型アーキテクチャを基に性能を最適化する企業に、大きな競争優位が約束される。

インターフェースの標準化が進むと、技術的に実現し得る最高のものから遠ざかってしまう。競争で遅れを取らないために、エンジニアは新製品を生み出すたびに性能ギャップを縮めようとする。利用可能な技術から最高の性能を引き出すために、システムの構成要素をますます効果的な方法で組み合わせようとする。

相互依存型の独自アーキテクチャで競争する企業は、統合型企業でなければならない。システムのどの構成部品を製造するにも、システム内の重要な部品の設計と製造をコントロールする必要があるからだ。

「性能が十分でない状況(青領域)」では、未熟な新技術が持続的向上のために採り入れられることが多い。新規参入企業がブレークスルー技術(画期的技術)の商品化に成功することがほとんどないのは、システムの他の構成要素にも変更を強いる相互依存関係が多すぎて、まったく新しい技術を組み込んだ有望な製品の商品化になかなかこぎ着けないからである。

参考:ブレークスルー技術と破壊的技術

  • ブレークスルー技術とは「技術進歩の軌跡に持続的な影響を及ぼすもの」であり、破壊的技術とは「技術面での飛限的前進を伴わず、既存技術を破壊的ビジネスモデルという形にまとめたもの」である。
  • ブレークスルー技術のほとんどが持続的な特性を持っており、製品内の他のサブシステムとの間には予測不能な相互依存関係がある。
  • 持続的イノベーションの中には、年々行われる単純な漸進的改良(漸進的技術)と一足跳びに持続的軌跡を上っていくような劇的で画期的なもの(ブレークスルー技術)があるが、どちらも持続的な影響を及ぼすため、優良企業がほぼ必ず勝利を収める。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第5章 事業範囲を適切に定める (3)

製品の「アーキテクチャ(基本設計概念)」は、製品の構成要素とサブシステムを決定し、目標機能を実現するためにそれらがどのように相互作用する必要があるかを定義する。また、任意の2つの構成要素が組み合わさる境界面は「インターフェース」と呼ばれる。

一方の設計・製造方法が、もう一方の設計・製造方法に依存する状態のことを「相互依存型アーキテクチャ」という。あるインターフェイスを挟んで予測不能な相互依存性が存在する場合、組織はどちらか一方の構成要素を開発するために、同じ組織内で同時に両方の構成要素を開発しなければならない。

「相互依存型アーキテクチャ」は、それぞれの構成要素を最適な方法で設計・開発するため、機能面と信頼面での性能を最適化する。これに対して「モジュール型アーキテクチャ」は、あらゆる構成要素の絡み合いや機能が完壁に指定されている。モジュール型インターフェースでは、バリューチェーンの全構成要素または全段階にわたって、予測不能能な相互依存性が全く存在しない。「モジュール型アーキテクチャ」は誰が部品やサブシステムをつくるかを問わない代わりに、厳しい規格によってエンジニアに設計の自由を与えない。

純粋なモジュール型と相互依存型のアーキテクチャは、連続体の両極に位置し、ほとんどの製品がその両極間に位置している。そして製品アーキテクチャを競争状況に適合させる企業が、成功する可能性が最も高い。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第5章 事業範囲を適切に定める (2)

将来顧客が重要だと判断するであろうイノベーション領域において優位に立つためには、「今日何を習得し、将来何を習得する必要があるか」について「片づけるべき用事」をべースに検討する必要がある。

顧客の問題にとって何が「解決策」となるかは、図5-1に示した2つの状況、「性能が十分ではない状況(青領域)」と「性能が十分な状況(赤領域)」で異なる。「性能が十分な状況(赤領域)」では、外部委託による専門化や特化が有利である。

図5-1. 製品アーキテクチャと統合
図5-1. 製品アーキテクチャと統合

 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

ジョブ理論

ジョブ理論

ジョブ理論 – イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム

クレイトン・クリステンセン (著), タディ・ホール (著), カレン・ディロン (著), デイビッド・ダンカン (著), 依田 光江 (翻訳)

ハーパーコリンズ・ ジャパン 2017.08.01 392ページ

原題:Competing Against Luck: The Story of Innovation and Customer Choice

イノベーションへの解:第5章 事業範囲を適切に定める (1)

[ 第5章のテーマ ]

  • 新成長事業をできるだけ速く、できる限り成功させるためには、どの業務を社内で行い、どの業務を業者やパートナーに委託するとよいのか?
  • 独自仕様の製品アーキテクチャと、モジュール型のオープンな業界基準を採用する場合とでは、どちらが成功する可能性が高いのか?
  • 非公開の独自アーキテクチャからオープン・アーキテクチャへの進化を引き起こすのは何か?
  • オープン・スタンダードが現れた後にも、再び独自仕様のソリューションを採用する必要が生じることはあるのか?

コア・コンピタンス理論は、企業がすでに持っている広義の能力をいかに活用して多角化するかについてまとめたものである。コア・コンピタンス理論では、企業のコア・コンピタンス(中核的な能力)に結び付く業務は社内に残し、コア・コンピタンスと結び付かない業務については、外部の専門業者に委託すべきとしている。

コア・コンピタンスによる分類の問題点は、現在コア・コンピタンスでないと思われる業務が、将来は非常に重要な能力になるかもしれないという点である。「将来コア・コンピタンスを習得し、社内に留めておくことが必要になる付加価値活動」を事前に知るためには、「状況に基づく理論」を習得する必要がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第4章 自社製品にとって最高の顧客とは (6)

本書における「チャネル」とは、卸売業者や小売店に限らず、企業の製品が最終消費者の手に届くまでの間に、その製品に価値を付加したり生み出したりする、あらゆる存在が含められた「広義のチャネル」である。チャネルに属するすべての企業が「利益をあげながら成長する」という用事を片づけなければならない。

同じようなコスト構造やビジネスモデルを持つ企業同士が競争し、同じような製品を販売することに甘んじれば、利益率は必要最小限のレベルにまで落ち込む。したがって、チャネル内部に作用する“強力で永続的な破壊的エネルギー”として「上位市場への移行性」を活かすことが必要となる。

イノベーションを推進する経営者は「自社の新製品を上位市場に移行するための原動力として捉えてくれるチャネル」を探さなければならない。チャネルが新製品によって競争相手を破壊すれば、企業は「チャネルのエネルギー」を活用して、破壊的イノベーションを起こしたことになる。大きく成功した破壊では、製品とそれを顧客に届けるチャネルとの間に、相互に利益をもたらす関係が成立する。企業は、製品から最大の利益を得るチャネルに、製品を扱ってもらうよう常に気を配らなければならない。

破壊的製品の推進に、特別な金銭的インセンティブを与えるのは賢明ではない。「持続的向上において最も収益性の高い製品を販売する」という重大な責務から注意が逸れてしまうからである。また破壊的製品には、破壊的チャネル(破壊的能力を秘めたサービス企業)が必要となる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第4章 自社製品にとって最高の顧客とは (5)

ハーバード・ビジネス・スクールのクラーク・ギルパート教授によると、イノベーションのジレンマを脱出する方法は二段階にわかれる。

  1. 資源配分プロセスでは破壊的イノベーションを「脅威」として位置付けることで、最高幹部からコミットメントを引き出す。
  2. 破壊的イノベーションを「機会」として捉えることができる自律的な組織に、そのプロジェクトを任せる。

ギルバート教授の提言をまとめると図4-1になる。破壊に十分な資源を獲得するためには、それを資源配分プロセスの中で脅威と位置付けるのがベストである。だが新規事業の構築に携わる者は、成長を生み出すという前向きの機会だけを見なければならない。さもなければ、柔軟性やコミットメン卜の欠如という危険に陥ってしまう。

図4-1. 資源のコミットメントを獲得し、それを破壊的な成長機会に向ける方法
図4-1. 資源のコミットメントを獲得し、それを破壊的な成長機会に向ける方法

 
「リスクと見返りから判断して、最も魅力的な機会に投資を集中させる」という優良企業の合理的な資源配分においては、既存の資源配分プロセスを変えるべきではない。だが新市場型破壊を通じて成長を生み出すためには、並行して別の資源配分プロセスを持ち、破壊的な可能性のある機会を既存の資源配分プロセスに導き入れなければならない。

破壊的事業のアイデアは、まだ十分に熟していない状態で並行プロセス(主流市場に向けた既存の資源配分プロセスと新市場型破壊を実現する新しい資源配分プロセスが並行する状態)を生み出す。この並行プロセスを統括する者は、アイデアを先述した4つのパターンに適合するような事業計画として形成しなければならない。また並行プロセスにおいて資源配分を決定する役員は、4つのパターンに適合するかどうかでプロジェクト案の可否を決定しなければならない。市場型破壊の戦略を実行する不確かな環境では、売上予測などの数字よりも4つのパターンへの適合性の方が、成功の予測指標として信頼性が高いからである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第4章 自社製品にとって最高の顧客とは (4)

優良企業は、大規模で明白な用途のある市場で地位を確立した競合企業の既存製品に対抗し、やがては彼らを追い落とすことを狙い、その手段として破壊的イノベーションを無理に用いる。この計画は莫大な投資を必要とし、必ずと言っていいほど失敗する。

破壊的イノベーションは優良企業のコア事業が堅調な間に顕在化するため、新市場型破壊を「機会」と位置付けても、上層部の関心を引くことはできない。既存事業がうまくいっているときに、新成長事業に投資するのはあまり意味がないからである。

優良企業のマネージャーは、本能的に破壊的イノベーションを脅威として捉え、既存の顧客や事業の防衛に注力する。そして将来、破壊から既存顧客を守る必要が生じたときに、新技術を導入してその場に臨もうとする。その結巣、組織は成長機会を逃すだけでなく、最終的には、自らの破滅を招くような戦略を追及することになり、無消費から現れた破壊者にやがて滅ぼされる。

新技術が将来的に顧客を奪おうとも、企業の生命線である既存顧客からの収益は、いかなる犠牲を払ってでも防御しなければならない。優良企業がこのようなジレンマに直面するのに対し、新規参入者にとって破壊は成功を得るための「機会」である。この認識の非対称性こそが、優良企業が破壊的技術を無理やり主流市場に押し込もうする理由である。

優良企業がやらなければならないことは、しかるべき時間にジレンマを乗り避えて、それをチャンスとして活かすことである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社