イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (12)

3. 早期の成功を要求する:新成長事業への財政的援助を最小限に抑える

新成長事業に早く利益を実現するよう求めることには、2つの重要な効果がある。

  1. 「新製品に魅力的な対価を支払う顧客が存在する」という仮説をできるだけ早く検証するよう新事業に求めることで、創発的戦略プロセスを加速させる効果がある。創生期の事業はこの検証結果を踏まえて、針路を維持すべきか変更すべきかを判断することができる。
  2. 新事業ができるだけ早く利益を実現していれば、中核事業が傾いても事業凍結の憂き目から守れる。

「創発的戦略プロセスを加速させるために出費を抑えて早期の利益実現を図る」という方針は、どのような状況にあっても強制すべきではない。新市場型破壊のような有効な戦略を探る必要のある状況では有用だが、ローエンド型破壊ではそうでない。

ローエンド型破壊では、正しい戦略は極めて明確な形で、極めて早い段階で明らかになることが多い。用途市場が明らかになり、持続的にかつ利益をあげながらその市場を開拓できるビジネスモデルが出現したなら、成長を気短に急かしながら、できるだけ早急に積極的な投資を行うことが望ましい。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (11)

2. 小さく始める:成長を気長に待てるよう、事業部門を分割する

分散型企業は、一枚岩の中央集権型企業に比べて、破壊的イノベーションを追求できる価値基準を長く保つことができる。複数の事業部門にわかれた分散型企業には、破壊的成長の機会を求めるマネージャーが多い。そのような理由から、運営組織は比較的小規模にとどめておく方がよい。

ヒューレット・パッカード、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ゼネラル・エレクトリックなど、過去30年間で変身を遂げた企業のほとんどが、自律した多数の小規模な事業部門にわかれている。これらの企業は、既存の事業部門のビジネスモデルを破壊的成長事業に変化させることで、変身を遂げたわけではない。新しい破壊的事業部門を設立する一方で、持続的技術の軌跡が限界に達してしまった成熟事業を閉鎖または売却することで、変身を遂げたのである。

事業部門を統合して規模を拡大すれば間接費を削減できるが、立ち上げるすべての新事業に対して、急激な成長を要求するようにもなる。は大幅なコスト削減をもたらす可能性はあるものの、破壊性を秘めた機会を迫求するために必要な価値基準を損ないかねない。

ちなみに、小規模な組織、または多数の小組織に分割された大規僕な組織は、破壊に即した価値基準を取り入れることはできるかもしれないが、組織は相互依存型アーキテクチャの要請にも対処する必要があり、その際大規模な統合された組織が必要になることが多い。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (10)

1. 早く始める:本業がまだ堅調なうちに、新成長事業を定期的に立ち上げる

新成長事業を所定の間隔で次々と立ち上げる方針を確立すれば、成長エンジンが失速した後で対処するという失敗を防ぐことができる。

経営者は中核事業がまだ堅調に成長している間に、新成長事業を定期的に立ち上げるか、買収しなければならない。成長が鈍化すると、企業の価値基準が変化し、成長する能力が失われてしまうからである。経営者がこの方針を実行し、新事業の戦略を常に破壊として形成していれば、やがて新事業のいくつかが主要な収益源となり、会社全体の成長を維持するようになる。

確かな理論に基づいて行えば、買収もまた、成功率の高い戦略になり得る。破壊的事業の買収は、企業の業務推進チームが積極的に行っても良い。

業務推進チームは、本書の第2章から6章で紹介した数々の理論を通して、候補企業を特定することができる。初期段階にある破壊的成長事業を定期的なリズムで買収することは、企業の成長を創出し維持するための戦略になる。初期段階にある破壊的企業を買収すれば、収益曲線の勾配を変えることができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (9)

直近の財務成果に現れるのは、実際には何年も前にプロセス改善や新製品開発、新事業創出のために行われた投資の成果でしかない。財務成果は当時の事業の健全性を計る尺度であって、今日の事業の健全性を計る尺度ではない。信頼性のあるデータは、過去に関するものしか入手できないが、それは将来が過去と類似しているのでない限り、正確な指針にはなり得ない。

既存の事業分野の業績を詳細に分析し、そのデータに基づいて意思決定を行うことは、利益をあげながら持続的向上の軌跡を昇るにあたって極めて重要なことである。破壊的な新事業で発見志向計画法を実行する際、どの前提条件が最も重要かを判断するには、起こり得る事象について形式に従った財務分析を行うことが役立つ。確かな理論があれば、淡然とした数字に戦略的意味を与え、入手したデータからシグナルを読み取れるようになる。

成長メーターがゼロの方に傾くまで待ってから、新成長事業で燃料を補給しようとしてもうまく行かない。成長メーターが「空」になったときに対処するのではなく、プロセスと方針によって、エンジンを常に作動させておく必要がある。

成長エンジンを作動させておくための方針は3つある。これらをすべて実行に移せば、組織は必然的に早く小さな規模で始め、早期の成功を要求するようになる。

  1. 早く始める
    • 新成長事業をまだ本業が健全な間に、つまり成長を気長に待てるうちに、定期的に立ち上げる。
    • 財務成果にそれが必要だという徴候が現れてからでは遅すぎる。
  2. 小さく始める
    • 企業が大規模になっても、成長事業を立ち上げる決定が、成長を気長に待てる組織部門の中で下されるよう、事業部門を分割し続ける。
    • 規模が小さければ、小さな機会への投資で十分な利益を得られるため、成長を気長に待てる。
  3. 早期の成功を要求する
    • 新成長事業の損失は、極力、既存事業の利益で補填しないようにする。利益を気短に急かす。
    • 会社の中核事業が傾き始めても有望な事業に必要な資金を確保するためには、利益を実現するに限る。

 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (8)

“企業資金が良い資金なのは、堅調に成長を続けている間だけ” という事象を「成長投資のジレンマ」という。上層部は既存事業で実行される持続的イノベーションが、投資家の予想を上回る実績をあげると信じているため、新規事業において無消費と対抗する間は、創発的戦略プロセスを進める猶予を与える。

成長投資が困難になるのは、成長が減速するとき、つまり持続的イノベーションだけでは投資家の期待を満たすには不十分であることを経営幹部が悟るときである。企業がイノベーターに新事業の急成長を求め、成長に必要なことを行う余裕を失うと、企業資金の性質が変わる。

経営幹部が中核事業の成長鈍化を放置すれば、新成長事業は「企業全体の売上と利益の伸び率を高める」という大きな責任を負わされ、非常に速く非常に大きくなることを要求される。その結果、企業資金は成長事業にとって毒薬となってしまう。

投下資本を無駄にしない唯一の方法は、それが良い資金であるうちに使う、つまり本業がまだ十分健全で、成長を気長に待てるような状況で投資することである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (7)

ステップ5:損失が増大し、縮小を促す

画期的な持続的イノベーションを、顧客が使用中の「システム」に「ホット・スワップ(使用中の入れ替え)」できることは滅多にない。新製品を使って良かったと顧客に思わせるには、機能以外にも多くの思いがけない点を改良する必要がある。

売上は目標に遠く及ばず、支出は計画通り実行され、損失は拡大する。そんな中で、投資家が予測成長率が達成されないことを改めて認識すると、株価は再び大きく下落する。株価対策のために迎え入れられた新しい経営幹部は、出血を止めようとして、中核事業の好調を維持するために必要な費用以外の支出をすべて凍結する。

企業の「資源 – プロセス – 価値基準」は、中核事業に合わせて調整されると株価は急騰する。すると、中核事業の潜在成長率が株価に完全に織り込まれ、新しい経営幹部は、成長のために投資を行う必要を認識する。

この段階で、企業はさらに大きな成長ギャップに直面しており、「非常に速く非常に大きくなる新成長事業を必要とする状況」に逆戻りする。そして企業はこのプレッシャーから誤った決定を何度も下し、莫大な企業価値を破壊した末に、他社に買収されてしまう。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (6)

ステップ4:経営幹部は一時的に損失を容認する

明白な巨大市場で消費に対抗することは「金がかかる挑戦だ」ということが次第に明らかになると、企業の上層部は長期的な利益を見据えて、しばらくの間、事業が多額の損失を出すことを受け入れるようになる。持続的イノベーションの状況では、これが通用することが多い。

製品発売前に積極投資を行い、チャネルに十分な製品を供給して、予想需要を満たすだけの生産能力を確保することは大切だが、破壊的イノベーションの状況にこれは当てはまらない。

資金の過剰供給は、新事業の成功にとっては逆効果である。支出レベルが高くなると、その費用を賄える顧客や市場が必然的に限られるからである。その結果、新しい用途を求めて無消費からやって来た「シンプルな製品でも喜んでくれる顧客」が、魅力のない顧客となってしまう。そして最も多くの顧客に到達できる、最も大きなチャネルだけが、十分な収益を早くもたらすと考えられるようになる。

この段階で企業資金の特性の変質が完了し、「成長を気短に急かすが、利益は気長に待つ悪い資金」になってしまう。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (5)

ステップ3:良い資金は成長を待ちきれなくなる

大きな成長ギャップに直面した企業では、価値基準(資源配分プロセスでプロジェクトを承認するために用いられる判断基準)が変化する。

急成長したことで成長ギャップを埋められなくなったプロジェクトは、戦略プロセスの資源配分ゲートを通過できなくなる。その結果、新成長事業を生み出すプロセスは脱線し、企業の投下資本は成長を急かすようになって、良い資金が悪い資金になる。破壊的イノベーションは高い成功率で企業の成長に大きく寄与するにもかかわらず、「十分に早く大きくなれないから」という理由で、その計画案は却下されてしまう。

新市場型破壊は無消費に対抗する必要があり、創発的戦略プロセスに従わねばならないため、破壊的事業のマネージャーは、事業が必ず急成長すると予測することはできない。彼らに高い目標を無理矢理約束させると、確立した大市場にイノベーションをやみくもに押し込む戦略、つまり「消費に対抗する」ことを選択せざるを得なくなる。一端、この成長プロジェクトへの資金供与が承認されると、マネージャーは前言撤回することができず、無消費に対抗する創発型戦略に従うこともできなくなる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (4)

ステップ2:企業は成長ギャップに直面する

企業は成功するが、やがて経営者は成長ギャップに直面していることに気付く。成長ギャップとは「市場が予想する成長率」と「株主に平均以上の利益をもたらすために実現しなければならない成長率」との格差である。投資家が将来の予想成長率を株価に織り込むことから、企業は投資家が現在の株価水準に織り込んでいる予想成長率を上回るペースで成長するしかない。

投資家は「企業が現在携わっている事業」と「その事業の持続的向上の軌跡上に存在する成長の潜在性」を分析し、それらを株価に織り込むため、持続的イノベーションは企業の株価を維持する上で、極めて重要となる。持続的イノベーションを通してコスト削減を行い、投資家の予想以上に堅調なキャッシュフローを生み出せれば、株主価値も生み出すことができる。

持続的イノベーションを通して、投資家の予想を越える業務効率の向上を行い株主価値を生み出しても、株価の軌跡を上方に押し上げることはできるが、その勾配に大きな変化はない。株価グラフの傾きを大きくするためには、破壊的イノベーションが必要である。

企業が投資家の期待を上回り、並はずれた株主価値を生み出すのは、新たな破壊的事業を生み出すときである。新たな破壊的事業の創造は、長期にわたって株主価値を生み出し続けるための、唯一の方法である。その理由は次の通りである。

  1. 新事業の規模が大きくなるにつれ、成長率を維持するために必要とされる事業規模の閥値は年々高くなる。
  2. やがて企業は成長率が投資家予想を下回ることを発表し、投資家が成長性を過大評価していたことに気付くと、株価は大幅に下落する。
  3. 経営幹部は株価を再び上昇軌道に乗せようとして、中核事業の現実的な潜在成長率よりもはるかに高い目標成長率を発表し、さらに大きな成長ギャップを生み出してしまう。
  4. さらに大きな成長ギャップを埋めるためには、企業がまだ思いついていない新しい成長製品や事業が必要になる。

このような競争への参戦を拒む経営者は、やる気のある経営者に取って代わられる。また成長を求めない企業の時価総額は下落し、やがては意欲的な企業に買収されてしまう。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (3)

良い資金は、自己強化的な下方スパイラルを通じて、悪い資金に変化する。このスパイラルは5つのステップに分かれて起こる。このスパイラルに足を踏み入れた企業がその後のステップに進まず、踏みとどまることは極めて難しい。
 
ステップ1:企業が成功する

必勝戦略が明らかになると、経営幹部は戦略策定プロセスを力ずくで制御して創発的な影響を排除し、その機会を開拓することにすべての投資を意図的に集中させる。その結果、中核事業が成功している間は新成長事業を立ち上げることができなくなってしまう。

投資を集中させることは、この段階で成功するためには不可欠な要素である。中核事業に集中することによって、眼中にない競合企業よりは早く、持続的向上の軌跡を昇るよう駆り立てられる。

ハイエンドの利益率が魅力的であることから、コモディティ化した製品分野で価格弾力性の高いローエンドのビジネスを失い始めても、ほとんど気付かない。また利益率の最も低い製品から撤退し、その分の収益を持続的向上の軌跡の上端に位置する利益率の高い製品から得れば、全体的な粗利益率が改善するため、それで満足してしまう。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社