イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (5)

ステップ3:良い資金は成長を待ちきれなくなる

大きな成長ギャップに直面した企業では、価値基準(資源配分プロセスでプロジェクトを承認するために用いられる判断基準)が変化する。

急成長したことで成長ギャップを埋められなくなったプロジェクトは、戦略プロセスの資源配分ゲートを通過できなくなる。その結果、新成長事業を生み出すプロセスは脱線し、企業の投下資本は成長を急かすようになって、良い資金が悪い資金になる。破壊的イノベーションは高い成功率で企業の成長に大きく寄与するにもかかわらず、「十分に早く大きくなれないから」という理由で、その計画案は却下されてしまう。

新市場型破壊は無消費に対抗する必要があり、創発的戦略プロセスに従わねばならないため、破壊的事業のマネージャーは、事業が必ず急成長すると予測することはできない。彼らに高い目標を無理矢理約束させると、確立した大市場にイノベーションをやみくもに押し込む戦略、つまり「消費に対抗する」ことを選択せざるを得なくなる。一端、この成長プロジェクトへの資金供与が承認されると、マネージャーは前言撤回することができず、無消費に対抗する創発型戦略に従うこともできなくなる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (4)

ステップ2:企業は成長ギャップに直面する

企業は成功するが、やがて経営者は成長ギャップに直面していることに気付く。成長ギャップとは「市場が予想する成長率」と「株主に平均以上の利益をもたらすために実現しなければならない成長率」との格差である。投資家が将来の予想成長率を株価に織り込むことから、企業は投資家が現在の株価水準に織り込んでいる予想成長率を上回るペースで成長するしかない。

投資家は「企業が現在携わっている事業」と「その事業の持続的向上の軌跡上に存在する成長の潜在性」を分析し、それらを株価に織り込むため、持続的イノベーションは企業の株価を維持する上で、極めて重要となる。持続的イノベーションを通してコスト削減を行い、投資家の予想以上に堅調なキャッシュフローを生み出せれば、株主価値も生み出すことができる。

持続的イノベーションを通して、投資家の予想を越える業務効率の向上を行い株主価値を生み出しても、株価の軌跡を上方に押し上げることはできるが、その勾配に大きな変化はない。株価グラフの傾きを大きくするためには、破壊的イノベーションが必要である。

企業が投資家の期待を上回り、並はずれた株主価値を生み出すのは、新たな破壊的事業を生み出すときである。新たな破壊的事業の創造は、長期にわたって株主価値を生み出し続けるための、唯一の方法である。その理由は次の通りである。

  1. 新事業の規模が大きくなるにつれ、成長率を維持するために必要とされる事業規模の閥値は年々高くなる。
  2. やがて企業は成長率が投資家予想を下回ることを発表し、投資家が成長性を過大評価していたことに気付くと、株価は大幅に下落する。
  3. 経営幹部は株価を再び上昇軌道に乗せようとして、中核事業の現実的な潜在成長率よりもはるかに高い目標成長率を発表し、さらに大きな成長ギャップを生み出してしまう。
  4. さらに大きな成長ギャップを埋めるためには、企業がまだ思いついていない新しい成長製品や事業が必要になる。

このような競争への参戦を拒む経営者は、やる気のある経営者に取って代わられる。また成長を求めない企業の時価総額は下落し、やがては意欲的な企業に買収されてしまう。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (3)

良い資金は、自己強化的な下方スパイラルを通じて、悪い資金に変化する。このスパイラルは5つのステップに分かれて起こる。このスパイラルに足を踏み入れた企業がその後のステップに進まず、踏みとどまることは極めて難しい。
 
ステップ1:企業が成功する

必勝戦略が明らかになると、経営幹部は戦略策定プロセスを力ずくで制御して創発的な影響を排除し、その機会を開拓することにすべての投資を意図的に集中させる。その結果、中核事業が成功している間は新成長事業を立ち上げることができなくなってしまう。

投資を集中させることは、この段階で成功するためには不可欠な要素である。中核事業に集中することによって、眼中にない競合企業よりは早く、持続的向上の軌跡を昇るよう駆り立てられる。

ハイエンドの利益率が魅力的であることから、コモディティ化した製品分野で価格弾力性の高いローエンドのビジネスを失い始めても、ほとんど気付かない。また利益率の最も低い製品から撤退し、その分の収益を持続的向上の軌跡の上端に位置する利益率の高い製品から得れば、全体的な粗利益率が改善するため、それで満足してしまう。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (2)

事業の創生期に最も過した資金は「成長は気長に待つが、利益は気短に急かす」タイプの資金である。一方「成長は気短に急かすが、利益は気長に待つ」タイプの資金が初期段階に投資されると、イノベーターに「死の行進」を運命付ける可能性が高い。

新成長事業に適した資金と適さない資金に関する理論の中では、「ベンチャー投資資金か、企業資金か」「公的資本か、民間資本か」「親族・知人からの借り入れか、金融機関からの融資か」という属性ベースの区分(属性に基づく理論)が一般的だろう。これらの分類は、どの資金が新事業の成功に最も役立つかを予測するための基準にはならない。

無消費に対抗し、破壊的イノベーションを通じて上位市場に移行するためには、新成長事業のための資金が成長を気長に待たねばならない。これは新成長戦略において極めて重要な要素である。そして、新事業のための必勝戦略(意図的戦略)が明らかになった後には、成長を気短に急かす資金を用いなければならない。

新事業の創発的戦略策定プロセスを加速させるには、利益を気短に急かす資金を用いる必要がある。新事業の早い段階で利益を出すことが期待されれば、固定費を低く抑えようとするだろう。その結果、低価格でも儲かるビジネスモデルが作り上げられ、新市場型破壊の戦略においてもローエンド型破壊の戦略においても、重要な戦略的資産となる。さらに、早期に利益を実現していれば、会社の財政状態が悪化しても事業が縮小されることがなくなる。

先発者の優位は、「競争」あるいは「GBF戦略(Get Big First)」において現れることがある。GBF戦略では「強力な市場地位をいち早く確立する」というメリットが生まれる。それは顧客にとってネットワーク効果が大きいからである。先発優位性は、成長を気長に待つことが事業の長期的成長性を損なう可能性があることを強く示唆する。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (1)

[ 第9章のテーマ ]

  • 事業を育成するための資金をどこから調達するのかは、重大な問題か。
  • 資金提供者の期待は、意思決定の自由度をどのように制限するのか。
  • 破壊的事業を育成する上で、ベンチャー投資資金が企業資金よりも優れている点はあるか。
  • 投下資金に伴う期待に応えて、マネージャーが成功につながる決定を正しく下させるようになるには、経営者は何をすればよいか。

 
企業経営者が新成長事業にどのような種類の資金を提供し、事業のマネージャーがどのような種類の資本を受け入れるかということは、新成長事業立ち上げの初期段階における重要な選択である。

どのようなタイプの資金をいくら受け入れるかによって、資金提供者のどのような期待を満足させなければならないかが決まる。そしてこの期待が、新事業がどのような種類の市場やチャネルを標的とすることができる、またはできないかに、大きな影響を与える。

潜在的に破壊的なアイデアの多くが、資金を確保するプロセスによって、大規模で明白な市場を標的とする持続的イノベーションの形に無理矢理されてしまう。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第8章 戦略策定プロセスのマネジメント (10)

正しい戦略を求めるだけでなく、戦略が生み出されるプロセスをマネジメントすることが重要である。戦略の始まりとなる「意図的戦略」と「創発的戦略」は資源配分プロセスを通って戦略の実行に至る。

持続的イノベーションの状況、そして一部のローエンド型破壊の状況では、競争の見通しが十分はっきりしているため、戦略を意図的に策定し実行に移すことが可能である。しかし、新市場型破壊の創生期に、細部まで正しい戦略を持つことは不可能に近い。その状況では戦略を実行するのではなく、有効な戦略が生まれ出るようなプロセスを進めなければならない。

戦略策定の力点は3つある。

  1. 組織のコスト構造
    • 価値基準をマネジメントし、理想顧客からの破壊的製品に対する注文が優先されるように図ること
  2. 発見志向計画法
    • 何が有効で何がそうでないかについての学習を加速させる、徹底したプロセスを用いること
  3. プロセスの監視
    • 意図的、創発的プロセスが各事業の状況に応じて用いられるよう、油断なく気を配ること

上記3つの力点を乗り越えることができた経営者はほとんどいない。そしてこれこそが、優良企業がイノベーションで失敗する理由の一つである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第8章 戦略策定プロセスのマネジメント (9)

有効な戦略が現れ、実行する時がきたならば、積極的に意図的戦略モードに切り替えて、創発的戦略への資金提供を中止しなければならない。

経営者は「過去に成功した創発的戦略プロセス」についての記憶を失い、新しい組織で成長事業に取り組むときには、戦略プロセスを創発的戦略モードにリセットし忘れることが多い。これが、多くの企業が新事業の立ち上げに失敗する理由である。

戦略的プロセスを状況に即した方法で操縦すれば、新事業の成功確率を高めることができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第8章 戦略策定プロセスのマネジメント (8)

表8-1. 創発的戦略プロセスをマネジメン卜するための発見志向計画法
持続的イノベーション:意図的計画法 破壊的イノベーション:発見志向計画法
特徴 パターン認識に基づいてプロジェク卜開始を決定する 数字や規則に基づいてプロジェク卜開始の決定を下しても構わない
段階 1 仮説(将来予測)を立てる 財務目標を打ち出す
2 仮説に基づいて戦略を策定し、戦略に基づいて財務予測を立てる 仮説を証明するためのチェックリストを作成する
3 財務予測を基に投資決定を行う 重要な仮説の妥当性を検証するために、学習計画を実行する
4 財務予測を実現するために戦略を実行する 戦略を実行するために投資を行う

発見志向計画法は、創発的戦略プロセスを積極的にマネジメントするための手段である。表8-1に示すように、発見志向計画法と意図的計画法では、段階の順序が異なる。

  • 第1段階:新事業の財務目標や成果予測を立てる。プロジェクトの損益や投資収益率に関する資料は1ページ程度でまとめてもよい。
  • 第2段階:仮説のチェックリストを作る。「財務予測が実現すると期待できるのは、どのような仮説が正しいと証明されたときか」を列挙し、最も重要なものから順番に列挙する。チェックリストには本書で示した理論に関連する仮説を含める。
     例1)ローエンド型破壊や新市場型破壊が可能か?
     例2)ターゲット顧客が仕事を片づけるために新製品を使うか?
     例3)新事業が会社をこれから金の向かう場所に導くか?
  • 第3段階:「意図的戦略の計画」ではなく「重要な仮説の妥当性を検証する計画」を実行する。この学習計画では、最も重要な仮説の妥当性を確認する、または無効にするような情報を、迅速かつなるべく費用をかけずに収集しなければならない。それができれば、イノベーターは第四段階が始まる前、つまり多額の投資を通じて戦略を実行する以前に、戦略の手直しができる。
  • 第4段階:第3段階で計画の有効性がはっきりした後で、戦略を実行するための投資を行う。

発見志向計画法を用いると「組織が要求する数字を実現するための計画には、それを裏付けるような妥当な仮説がない」ということが早い段階で判明する。妥当性がなければ、アイデアを有効な戦略にまとめることはできないだろう。あるいは、過度の急成長を要求しないような価値基準を持った小規模な組織にアイデアの実行を任せるべきかもしれない。 
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第8章 戦略策定プロセスのマネジメント (7)

新事業が有効な戦略を見出す間に「発見志向計画法」を用いれば、試行錯誤を漫然と繰り返すよりも、有効な戦略をはるかに早く、かつ目的を持って生み出す手助けができる。

一般に、意図的戦略の計画プロセスは、表8-1に示す4つの段階を経ることが多い。

表8-1. 創発的戦略プロセスをマネジメン卜するための発見志向計画法
持続的イノベーション:意図的計画法 破壊的イノベーション:発見志向計画法
特徴 パターン認識に基づいてプロジェク卜開始を決定する 数字や規則に基づいてプロジェク卜開始の決定を下しても構わない
段階 1 仮説(将来予測)を立てる 財務目標を打ち出す
2 仮説に基づいて戦略を策定し、戦略に基づいて財務予測を立てる 仮説を証明するためのチェックリストを作成する
3 財務予測を基に投資決定を行う 重要な仮説の妥当性を検証するために、学習計画を実行する
4 財務予測を実現するために戦略を実行する 戦略を実行するために投資を行う

意図的計画法は次のようなプロセスになる。破壊的イノベーションでは、このプロセスを通して誤った決定が引き出されることがある。

  • 第1段階:イノベーターは将来予測を行い、新事業がどのような形で成功するかを想定する。この仮説は、優れた予測理論を基にしている場合もあるが、実際には過去の成功体験に基づいて立てられることが多い。
  • 第2段階:第1段階の仮説を基に財務予測を立てる。意図的プロセスでは、第2段階から第1段階へ戻ってループすることが多い。数字に信憑性を持たせるために、前段階に戻って仮説を修正するからである。
  • 第3段階:財務予測に基づく提案や計画を役員が承認する。
  • 第4段階:新事業を任されたチームが戦略を実行する。

 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社