イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (5)

主流事業のプロセスや価値基準は、本質的に持続的イノベーションの実現を目的としている。そのため、破壊的成長を監督する責任は、CEOまたは同等の権限を持つ者が負わざるを得ない。

破壊の波を捉え、業界の頂点に留まった企業の多くが、創業者が会社を経営していたときに、破壊的イノベーションに取り組んでいた。以下の表10-1はその代表的な例である。

表10-1. 新たな破嬢的成長事業を立ち上げたとき、創業者によって経営されていた企業
企業 破壕的成長事業 CE0 兼 創業者
バンクワン ノンバンク・クレジットカード(ファース卜USAを買収) ジョン・マツコイ ※1
チャールズ・シュワブ オンライン証券会社 チャールズ・シュワブ ※2
デイトン・ハドゾン(ターゲット・ストアーズ) ディスカウン卜小売業 デイトン一族
ヒューレット・パッカード マイク口プロセッサ・ベースのコンピュータ デイビッド・パッカード
IBM ミニコンピュータ トーマス・ワトソン二世 ※3
インテル ローエンドのマイクロプロセッサ(セレロン・チップ) アンドリュー・グロープ
インテュイット 中小企業向け会計ソフトのクイックブックス、個人税務ソフトのターボタックス、クイッケン財務管理ソフトのオンライン化 スコット・クイック
マイクロソフ卜 インターネット中心のコンビュ一タ利用、データベース・ソフト(SQLおよびAcces)、ビジネス・ソリューション・ソフトウェア(グレート・ブレインス) ビル・ゲイツ
オラクル ソフトウェアの一元的提供(アプリケーション・サービス・プ口パイダ) ラリー・エリソン
クアンタム 3.5インチ・ディスク・ドライブ テイブ・ブラウン/スティーブ・バークリー
ソニー トランジスタを利用した家庭用電化製品 盛田昭夫
テラダイン CMOSベースのICテスター アレックス・ダーベロフ
GAP 低価格ラインのカジュアル衣料チェーン、オールド・ネイビー ミッキー・ウェケスラー
ウォルマー卜 サムズ・クラブ(会員制卸売クラブ)

サム・ウォルトン

※1 マッコイは創業者ではないが、パンクワンを成功に導いた買収戦略の主要な立案者だった。
※2 この取り組みでは、共同最高経営責任者のデイビッド・ボトラックがCEOのチャールズ・シュワブを支援した。
※3 ワトソンは創業者の息子だが、IBMのメインフレーム・テジタルコンピュータにおける成功の主な推進者だった。

 
表10-1で注目すべきは、創業者に導かれた組織が、基本的には単一事業型の企業で、破壊的イノベーションに直面した当時はそれほど多角化が進んでいなかった点である。単一事業型の企業が多いという事象は、新たな破壊的事業の創造を一層困難にする。

表10-2は“破壊的事業を推進できるのは創業者だけ”という原則に、いくつかの例外があることを示す。

表10-2破壊的事業導入時、専門的経営者が運営していた企業
企業 破壊的成長事業
ゼネラル・エレクトリック GEキャピル
ヒューレット・パッカード インクジェット・プリンタ
IBM パソコン
ジョンソン・エンド・ジョンソン 血糖自己測定器、使い捨てコンタクトレンズ、内視鏡手術と血管形成術の器具
プロクター・アンド・ギャンブル 家庭用クリーニング「ドライエル」、安価な電動歯ブラシ、歯漂白フィルム「クレスト」

 
表10-2に記載された企業の専門的経営者は、多角化された多くの事業部門からなる企業という状況で新たな破壊に着手したがために、成功がより容易になったのではないかと推測される。これらの企業は新事業の構築や買収を行い、適切に運営するための慣例やプロセスがあり、それらが破壊的成長を生み出す専門的経営者を補佐したのだと考えられる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (4)

主流組織の「プロセス」や「価値基準」によって効果的な決定を下せるような状況(主に持続的イノベーション)では、経営幹部の関与はそれほど必要とされない。経営幹部が関与する必要があるのは、主流組織の「プロセス」や「価値基準」が組織内の重要な決定を処理するのに適していないと彼ら自身が判断する場合で、一般的には破壊的イノベーションがこれに当たる。

破壊的事業のための計画を策定する際には、本質的に異なる「価値基準」を用いる必要がある。また主流事業の「価値基準」は、破壊的潜在性を秘めたアイデアを排除するようにできている。このような理由から、破壊的イノベーションは、実力のある経営幹部が自ら直接関与しなければならない状況に分類される。他方、持続的イノベーションは、権限委譲が有効な状況である。社内に適切な「プロセス」が存在する場合はその利用を推奨し、そうでない場合は不適切な「プロセス」や「価値基準」の影響力を遮断することができるのは、経営幹部だけである。

破壊は、会社全体の将来を左右する改良が生み出されている場所に起こることが多い。主流部門のマネージャーには、新たな破壊的事業で生み出されている技術やビジネスモデルのイノベーションについての十分な情報を与える必要がある。加えて、戦略と経営に関する確かな理論を学んだ経営幹部は、持続的あるいは破壊的成長事業を担当するマネージャーたちを指導して、それぞれが置かれた状況に適した行動を取るよう、指導すべきである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (3)

破壊的イノベーションを成功させるためのプロセスが生まれていない状況で、破壊的事業を成功に導くのは「経営幹部が自ら行う監督」という資源である。

経営で悩む経営幹部に必要なものは次の3つである。

  1. 状況に基づく「経営幹部関与の理論」
  2. 経営幹部の直接的関与が成功の決め手となる状況
  3. 権限を委譲すべき状況を見分ける方法

大規模な組織の上層部は、下層のマネージャーが開示しようと決めた情報のほかは、あまり多くを知ることができない。中間管理職が上層部の意思決定サイクルに何度か立ち会うと、どのような数字を示せば上層部から承認を取りつけられるかを学習する。そして上層部に承認させるために、手元にある情報の中から自分たちが推し進めるプロジェクトに都合のよい情報のみを報告する。持続的イノベーションでは、経営幹部とマネージャーの間に「情報の非対称性」が存在する。

破壊的潜在性を持つ事業は、規模こそ小さいものの、戦略が容易に定式化できず、利益目標も厳しいため、成否を分ける重要な決定が驚くほど頻繁に求められる。しかも、こうした決定を正しく下すためのプロセスがない。これに対し、優良企業の大規模な事業には、ニーズのはっきりした既存顧客がいて、そのニーズを満たすための精緻化された資源配分および生産プロセスがある。このような組織では、実績あるプロセスが秩序正しく機能することによって、適切な意思決定がなされる。持続的イノベーションでは、上層部が関心を払わずともうまく機能する意思決定プロセスが、成功の鍵となる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (2)

プロセスは、同じ課題に繰り返し取り組む集団の内部に生まれる。優良企業では業績を達成するための推進力が、個人の能力からは次第に離れ、やがてプロセスに埋め込まれる。

企業が破壊のための最初の足がかりを見つけた後で、繰り返し取り組まなければならない課題は、持続的イノベーションであって、破壊的イノベーションではない。そのため、持続的イノベーションという機会に取り組むための有効なプロセスは、最も成功した企業の中に見ることができる。

破壊的イノベーションという課題が、練り返し発生しないため、有効なプロセスを構築できない。したがって、破壊的イノベーションを通じて成長事業を生み出す能力は、破壊的イノベーションの初期段階では、企業の資源にある。また企業資源の中で最も重要なものは、CEOまたは同等の影響力を持った役員である。

企業が破壊的成長を生み出すという課題に繰り返し、何度も取り組めば、利益ある破壊的成長事業を生み出す能力をプロセスに埋め込むことができるだろう。こうしたプロセスを「破壊的成長エンジン」と呼ぶ。破壊的成長エンジンを生み出すことに成功する企業は、これから資金が向かう機会を確実に捉え、利益を伴う成長に狙い通り向かう軌道に乗ることができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第10章 新成長の創出における経営幹部の役割 (1)

  • 経営幹部は配慮を要するさまざまな事業や実行計画に、時間や精力をどのように配分するべきか。
  • 持続的イノベーションを監督するにあたっては、破壊的状況下でのマネジメントとはどういった点で異なる手法を用いるべきか。
  • 新成長事業の創出は、本質的に特殊で行き当たりばったりの取り組みなのか、それとも破壊的成長の波を繰り返し生み出す、反復可能なプロセスを構築することは可能なのか。

企業が破壊的成長の新しい波を次々と生み出すために、経営幹部は次の3つの責務を果たさなければならない。

  1. 短期的急課題
    破壊的成長事業と主流事業のインターフェースを直接監督し、企業の資源とプロセスのうち、どれを新事業に適用すべきか、すべきでないかを判断・決定する。
  2. 長期的な責任「破壊的成長エンジン」
    利益ある成長事業を繰り返し巧みに立ち上げるための反復可能なプロセスを作り出す。
  3. 永久的な責任
    状況の変化を察知し、変化の徴候を見分ける方法を従業員に伝授する。

どのような戦略も状況次第で効果が変わるため、経営幹部は常に目を配り、競争基盤が変化する徴候(市場のローエンドにあるか、無消費の中にあることが多い)を察知し、変化しつつある状況に、対抗すべき脅威としてではなく成長機会として対処できるよう、適切なプロジェクトや買収を開始しなくてはならない。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (15)

企業であれ、ベンチャーキャピタリストであれ、投資状況の変化により新事業に急成長を求めるようになれば、新事業の成功率は目に見えて下落する。どちらの投資家であっても、確かな理論に従えば、成功する可能性は大幅に高まる。

投資を行う人と、その資金を受け入れる人は、次のことを意識した方がよい。

  • 成長を気長に待て、だが利益を待ってはいけない
  • 成長する必要がないときに成長を追求する

破壊的イノベーションのための足がかりを見つける鍵は、最初は「小規模ではっきりしない市場分野」、理想的には「無消費を特徴とする市場分野」にある用事と結び付くような事業を行うことである。早期に利益を実現するよう心掛ければ、新事業の資産基盤の拡大を促すために必要な資金を、投資家から引き出し続けることができる。

早期の収益化を求めることは、成功を持続させるための鍵である。なぜなら、潜在的ライバルが喜んで無視するような「用事」を見失わずに済むからだ。潜在成長力を実現するため、初期の持続的イノベーションを模索する間も、常に「用事」と結び付いた状態でいれば、収益性を保つことができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (14)

「投資資金が企業資金か、ベンチャー資金か」は「成長を気長に待てるか、待てないか」に比べれば重要でない。これまで成功した新規事業の多くが、当初はごく僅かな投資資金しか持っていなかった。この資金のなさが、創発的戦略策定プロセスを巧みに進める能力を、新規事業に与えたからである。

1990年代後半、ベンチャーキャピタルはアーリーステージ(創業段階)の企業に莫大な投資を行った。その結果、彼らの価値基準は変わり、小規模投資は行わなくなり、投資対象事業に急成長を要求するようになった。ベンチャーキャピタルが「莫大な投資」という重荷を背負うようになると、以下のような「成長ギャップの悪循環」のステップ3、4、5にある企業資本家と同じような行動を取り始める。

<成長ギャップの悪循環>

  • ステップ1: 企業が成功する
  • ステップ2: 企業は成長ギャップに直面する
  • ステップ3:「良い資金」は成長を待ちきれなくなる
  • ステップ4: 経営幹部は一時的に損失を容認する
  • ステップ5: 損失が増大し、縮小を促す

本書執筆時点(2003年)では、アーリーステージの事業には十分な資金が供給されていないため、多くの起業家が素晴らしい破壊的成長のアイデアに資金を獲得できていない。しかしこれは、ベンチャー投資ファンドのほとんどが、上記のステップ5「縮小を進め、すべての資金と関心を優先事業の建て直しに集中させる段階」にあるせいだ。

企業が新成長事業に資金を提供するために、コーポレート・ベンチャーキャピタル部門を設置しても、ほとんどが成功しないか、長く存続はしない。こうしたファンドが利益ある成長事業を育成できないのは、破壊的イノベーションではなく持続的イノベーションに投資するから、あるいは相互依存が必要なときにモジュール式の解決策に投資するからである。「成長を気短に急かすが、利益は気長に待つ」という投資を行うと、そのほとんどが失敗する。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (13)

新事業の資金が打ち切られる理由として多いのは、事業が計画通り進まないからではなく、むしろ不調な中核事業を回復させることに全資源を集中させる必要が生じるからである。

新事業において早期の利益が実現しないと、中核事業の業績が低迷したときに、財務状況の改善に大きく寄与しない新成長事業が真っ先に犠牲になる。

新成長事業を始めるときは、後ろで時計が時を刻んでおり、この時計の進み方を決めるのは会社の経営状態である。だからこそ、利益を気短に急かすことが、企業資金の優れた特性となる。この特性こそが、新成長事業に最も有望な破壊的機会を早く探り出すことを強制し、また組織全体の経営状態が悪化したときに事業が打ち切られる危険に対する保険を提供する。

図9-2は、この「方針主導型」成長の利点をまとめたものである。
 

図9-1 十分な成長から不十分な成長への自己強化的スパイラル
 
図9-1. 十分な成長から不十分な成長への自己強化的スパイラル

 
適切な方針を十分に理解し適切に実行できれば、不十分な成長から生じるデス・スパイラルに代わる、上方スパイラルを生み出すことができる。この上方スパイラルが生じれば、企業は、持続的成長の状況に身を置くことができる。企業は「良い資金」を出し続け、それが「悪い資金」になるのを避けられる。これが成長エンジンの失速を回避し、不十分な成長から生じるデス・スパイラルを避ける唯一の方法である。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (12)

3. 早期の成功を要求する:新成長事業への財政的援助を最小限に抑える

新成長事業に早く利益を実現するよう求めることには、2つの重要な効果がある。

  1. 「新製品に魅力的な対価を支払う顧客が存在する」という仮説をできるだけ早く検証するよう新事業に求めることで、創発的戦略プロセスを加速させる効果がある。創生期の事業はこの検証結果を踏まえて、針路を維持すべきか変更すべきかを判断することができる。
  2. 新事業ができるだけ早く利益を実現していれば、中核事業が傾いても事業凍結の憂き目から守れる。

「創発的戦略プロセスを加速させるために出費を抑えて早期の利益実現を図る」という方針は、どのような状況にあっても強制すべきではない。新市場型破壊のような有効な戦略を探る必要のある状況では有用だが、ローエンド型破壊ではそうでない。

ローエンド型破壊では、正しい戦略は極めて明確な形で、極めて早い段階で明らかになることが多い。用途市場が明らかになり、持続的にかつ利益をあげながらその市場を開拓できるビジネスモデルが出現したなら、成長を気短に急かしながら、できるだけ早急に積極的な投資を行うことが望ましい。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第9章 良い資金もあれば、悪い資金もある (11)

2. 小さく始める:成長を気長に待てるよう、事業部門を分割する

分散型企業は、一枚岩の中央集権型企業に比べて、破壊的イノベーションを追求できる価値基準を長く保つことができる。複数の事業部門にわかれた分散型企業には、破壊的成長の機会を求めるマネージャーが多い。そのような理由から、運営組織は比較的小規模にとどめておく方がよい。

ヒューレット・パッカード、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ゼネラル・エレクトリックなど、過去30年間で変身を遂げた企業のほとんどが、自律した多数の小規模な事業部門にわかれている。これらの企業は、既存の事業部門のビジネスモデルを破壊的成長事業に変化させることで、変身を遂げたわけではない。新しい破壊的事業部門を設立する一方で、持続的技術の軌跡が限界に達してしまった成熟事業を閉鎖または売却することで、変身を遂げたのである。

事業部門を統合して規模を拡大すれば間接費を削減できるが、立ち上げるすべての新事業に対して、急激な成長を要求するようにもなる。は大幅なコスト削減をもたらす可能性はあるものの、破壊性を秘めた機会を迫求するために必要な価値基準を損ないかねない。

ちなみに、小規模な組織、または多数の小組織に分割された大規僕な組織は、破壊に即した価値基準を取り入れることはできるかもしれないが、組織は相互依存型アーキテクチャの要請にも対処する必要があり、その際大規模な統合された組織が必要になることが多い。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社