イノベーションの最終解:第2章 競争のバトル ー 競合企業の経営状況を把握する(2)

マイケル・ポーター教授によると、企業が競争優位を生み出すための基本戦略には「差別化戦略」「コストリーダーシップ戦略」がある。これらの戦略には次のような特徴が見られる。

  • 市場の特定の階層を攻撃する低コストの競合企業が、価格優位性を有効に活かせるのは、高コストの競合企業がその市場に留まっている間のみである。
  • 低コスト企業は、高コスト企業を市場から駆逐すれば、より上位の市場に進出して、さらにコストの高い競合企業に戦いを挑まなければならない。
  • 差別化戦略を通じて競争優位を生み出そうとする企業は、差別化した側面を重視してくれる新しい市場を探し続けなければならない。

企業が優位性を維持し、利益率を高めるためには、上位市場や新しい市場に向かわなければならない。それゆえ、破壊的企業は上位市場に向かうための方法を考案する動機づけをもっている。

企業は最初に無消費者をターゲットにするとき、一般に彼らのニーズを十分満たせないため、上位市場に向かうための持続的イノベーションを推進する必要がある。顧客のニーズを満たそうとする企業は、いつか必ず顧客に過剰な性能を提供するようになる。その結果、ローエンド型破壊的イノベーションと置き換えのイノベーションの機会を自ら作り出し、競争基盤が変化する事態を招いてしまう。

ローエンド型破壊的イノベーションと置き換えのイノベーションは、要求の厳しくない顧客にとっては必要にして十分かもしれないが、より要求の厳しい顧客にとっては十分でないため、上位市場に向かう持続的イノベーションを推進することが求められる。

企業はこの循環的なサイクルを繰り返しながら、魅力的な価格を支払ってくれる顧客を求めて製品・サービスを改良し続け、性能向上曲線をのぼるうちに、既存企業の優良顧客に刻々と近づいていく。

図2-2. イノベーションの循環的なサイクル
図2-2. イノベーションの循環的なサイクル

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第2章 競争のバトル ー 競合企業の経営状況を把握する(1)

[ 第2章のテーマ ]

  • 企業が自社の推進するイノベーションの可能性を十分に実現し、業界を根底から変化させるのは、どのようなときだろうか?
  • 企業の強みを評価し、弱みを見つけるには、どうすればよいのか?
  • こうした強みや弱みのうち、競争のバトルに影響を及ぼすのはどれだろうか?
  • 既存企業が有利な状況と、新規参入企業が有利な状況を分けるのは何だろうか?
  • 破壊的イノベーションのプロセスの原動力とは何だろうか?

イノベーションの理論を用いて業界の変化を分析する方法の第二段階は、競争に関する十分な情報を得た上で決定を下すことである。競合企業の経営状況を把握し、剣と盾をもった企業を探すことによって、「業界の競合企業間の直接対決では、どちらが勝ちそうか?」という競争のバトルの質問に答えることができる。競争のバトルに関して把握すべきことをまとめると図2-1となる。

図2-1. 競争のバトル
図2-1. 競争のバトル

 

新規企業が市場に足がかりを築くと、製品・サービスの性能を上げ、より多くの顧客を獲得し、市場の高収益層に進出するという強いインセンティプが与えられる。その結果、新規企業と既存企業の間で必然的に戦いが始まる。企業が製品・サービスを改良するのは、性能の高い製品・サービスに割高な価格を喜んで支払おうとする顧客層を獲得したいからである。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (12)

イノベーションの理論を用いて業界の変化を分析する方法の第一段階は、変化のシグナル(何者かが変化の機会を有利に利用しようとしている兆候)を探すことである。

企業は「新市場型破壊的イノベーションを創出して、新しい消費者の獲得を目指す」「上位市場に向かう持続的イノベーションを推進して、満たされない顧客を狙う」「ローエンド型破壊的イノベーションやモジュールへの置き換えによって、過剰満足の顧客を狙う」といった行動をとる。ルールの誕生は、このような変化を促進する。市場外のプレーヤーが「動機づけ」や「能力」を高める目的で講じる措置がイノベーションを促す場合もある。このような動きのすべてが、業界構造を根底から変える可能性のある「変化のシグナル」である。

これらの動きは、次の質問をすることで明らかにできる。

  • 業界の顧客は、どのような用事を片づけようとしているのか?
  • 顧客は現在の製品・サービスを十分消費していないのか、満たされていないのか、それとも過剰満足なのか?
  • 企業は顧客を獲得するために、どの側面で競争しているのだろう?
  • 過去にどのような性能向上に割高な価格がついたか?
  • 現時点での主流は、統合型と分業型のビジネスモデルのどちらか?インターフェースは特定可能で、検証可能、予測可能だろうか?
  • 目新しいビジネスモデルは、どこに現れているのか?周辺市場に成長が見られないだろうか?
  • 政府やその監督機関は、イノベーションを促進または阻害するうえで、どのような役割を果たしているのか?

変化のシグナルを有利に活用する企業は、業界を成長・変革できる。一般に業界がこのような形で成長すると、今度は新規参入企業が既存企業の市場を侵食するようになる。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (11)

無消費者、満たされない顧客、過剰満足の顧客はすべて、新たな企業や新たなビジネスモデルが誕生するチャンスである。加えてイノベーションは、それが起こる環境とは切り離せない。市場外の要因、特に政府とその監督機関は、その環境を形づくるうえで極めて重要な役割を果たしている場合がある。

イノベーションが成功する環境には「動機づけ」と「能力」の2つの要素が存在する。「動機づけ」とは、イノベーションを促す市場インセンティブを指し、「能力」とは、資源を獲得し、その資源を製品・サービスに変換し、顧客に提供する能力を指す。企業がイノベーションを行う動機づけと能力を併せ持っていれば、多くのイノベーションが開花する。逆に動機づけが不足しているか、能力を妨げるような市場状況では、イノベーションは抑え込まれてしまう。

政府をはじめとする市場外のプレーヤーは、業界のプレーヤーの動機づけまたは能力に影響を与え、そうすることで業界の環境を変化させ、イノベーションに貢献する、またはイノベーションを阻害する環境を生み出す場合がある。

動機づけ/能力の枠組みを用いるには、次の3つのステップを実行する。

  1. 企業の現在の動機づけと能力を書き出して、現在の環境がそれぞれの種類のイノベーションにとって望ましいかどうかを考える。望ましいものでない場合、イノベーションを阻害している主な障壁を見極める。
  2. 市場外のプレーヤーが、企業の動機づけや能力に影響を与えるような措置を講じているかどうかを判断する。
  3. そのような措置が、イノベーションへの主な障壁を取り除くためのものかどうかを判断する。もしそうであれば、その措置はイノベーションを促進すると期待できる。

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (10)

「バリューチェーン進化の理論」によれば、組織はバリューチェーン内の「十分でない」側面を向上させる際に影響のあるインターフェースを、全体にわたって統合化する必要がある。

製品の機能性と信頼性が顧客のニーズを過剰満足させるようになると、利便性、カスタマイズ性、価格が「十分でない」側面になる。解決すべき難問が変われば、統合化が必要な場所もそれに合わせて移動する。機能性と信頼性が十分でないとき、性能を最大限に高めようとする企業は、製品・サービスの設計と製造の重要な構成要素を統合化することが多い。

最も困難な技術的問題を解決するには、システムが緊密に統合化されていることが不可欠である。企業がその難問を解決すると、この種の統合化は必要なくなる。

専門的企業がモジュール化した特定の領域で「必要にして十分な」製品・サービスの構成要素を提供できるようになる。利益を上げる能力は、モジュール型の製品・サービスを組み立てる企業から離れ、重要なサブシステムをつくる企業へ、そして速度と利便性を左右する性能向上のカギとなる箇所で統合化している企業へとシフトする。

バリューチェーンの一部が統合型からモジュール型にシフトすれば、バリューチェーン全体に影響が及ぶ。「統合保存の原則(魅力的な利益保存の法則)」によれば、バリューチェーンのある段階で、性能を最適化するために相互依存的なシステムアーキテクチャが必要になったとき、次の条件を満たさなければならない。

  • 十分でない性能を最大化するためには、バリューチェーン内の隣接する段階の製品・サービスのアーキテクチャが、モジュール型かつ変換可能でなければならない。
  • 統合型のものを最適化するためには、それを取り囲むものがモジュール型でなければならない。

バリューチェーンのある段階で、モジュール化とコモディティ化が生じ、そのせいで魅力的な利益が消滅するとき、統合保存の原則が働き、独自製品によって魅力的な利益を得る機会は、その隣の段階にシフトする。

統合型企業が業界のバリューチェーン全体にわたって統合化されているのに対し、専門的企業は十分でないひとつの構成要素を製造するために統合化されていたり、カスタマイズ化や利便性を左右するインターフェース(例えば、顧客やサプライヤーとのインターフェース)にわたって統合化されている。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (9)

顧客が過剰満足の状態になるとルールが整備されて、最終消費者(エンドユーザー)の近くにいる、スキルの劣るメーカーが必要にして十分な製品を作れるようになる。ルールが整備されることで、新規参入企業は、製品を新しい環境に導入したり、必要にして十分な製品を劇的に低いコストで提供するビジネスモデルを構築できるようになる。その結果、新市場型破壊的イノベーションとローエンド型破壊的イノベーションの両方に扉が開かれる。

企業は問題解決の経験を積むうちに、次第に因果性のパターンを認識するようになる。やがてシステムは十分理解され、開発の指針となるようなルールが生まれる。最終的にルールは広く受け入れられ、標準とみなされる。

製品が顧客に過剰な性能を提供しているとき、こうしたルールや標準があれば、それほど専門知識をもたない企業でも、ルールに従うことによって製品が作れるようになる。標準や規格が業界に広く浸透していることや、企業が採用活動で深い理論的知識を重視しなくなることは、この変化が生じたことを示すシグナルである。

インターフェースが定義されると、非統合型企業でもサブシステムを製造できるようになり、技術レベルがそれほど高くない企業でも、モジュール型製品の組み立てができるようになる。既存企業の観点からすれば、この事象は新市場型破壊的イノベーションによる成長のように見える(かつて市場から閉め出されていた企業が参入できるようになるため)。しかし消費者の観点からすると、ローエンド型破壊的イノベーションによる成長のようにも見える(安価な製品が手に入るようになるため) 。

ローエンド型と新市場型の破壊的イノベーションは、ひとつの連続体の両極をなしている。消費者への接近を可能にするルールが誕生すると、この連続体の真ん中に位置する、ローエンド型と新市場型両方の要素を併せ持つ企業が出現する。

標準化は、必要にして十分な製品・サービスの迅速な開発を可能にするが、速度と柔軟性を優先させた結果、最先端の技術から後退してしまう。満たされない顧客が存在する状況では、標準化のせいで、可能な限り最高の製品を開発する企業の能力が阻害される。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (8)

専門的企業は「置き換えのイノベーション」を推進して、既存企業からシェアを奪うこともある。置き換えは、イノベーションの分類の1つである。

上位市場に向かう持続的イノベーションとは異なり、置き換えはモジュール化した箇所で生じる。ローエンド型破壊的イノベーションが、最も要求のゆるい顧客をターゲットとするのに対し、置き換えはまず主流市場をターゲットにする。

置き換えのイノベーションは、必ずしも低コストのビジネスモデルや性能の劣った製品を伴うとは限らない。製品・サービスの特定の構成要素を供給する専門的企業が、置き換えを推進することが多い。

置き換えを見極めるには「顧客のニーズに対して過剰満足の状態にある機能性」「モジュール型のインターフェース」を探す必要がある。原則として専門的企業が勝てるのは、明確なモジュール化が生じた箇所で、自社製品が製品システムと接続できる場合に限られる。

インターフェースがモジュール型かどうかを識別するための3つの試金石は次の通りである。

  1. インターフェースのどの部分が、重要か、重要でないかを特定できること。
  2. インターフェースを構成するパラメータや通信手順が、適切かつ必要なものであることを、測定または検証できること。
  3. インターフェース全体の相互作用が、よく理解され予測可能であること。部品間に予測不能な相互作用がある限り、モジュール性への移行は壊滅的な結果を招きかねない。

置き換えのイノベーションは分業をもたらすため、ローエンド型破壊的イノベーションを促すことがある。新興企業がバリューチェーンのいくつかの構成要素を新しい方法で組み合わせて、新しいメリットを提供する。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (7)

過剰満足が生じ、競争基盤が変化すると、業界では次の3種類の変化が起きる。

  1. 過剰満足の顧客層に、ローエンド型破壊的イノベーションが根づく
  2. 専門的企業が業界に参入し、統合型企業を駆逐する
  3. 標準やルールが整備され、多様な企業が各顧客層の最低限の要求に十分応えられる製品・サービスをつくれるようになる

過剰満足の市場では、イノベーションによって新しい成長市場を生み出すことはできないが、ローエンド型破壊的イノベーションを用いて、既存企業の最も要求のゆるい顧客層に足がかりをつくることで、新たな成長企業を生み出すことはできる。こうした顧客層は満足はしていないため、より価格が安いか、より便利な製品を提供する企業が現れれば、既存企業を見捨てる可能性が最も高い。

企業がローエンド型破壊的イノベーションを推進していることを示すシグナルは、既存企業とは異なる方法で利益を生み出すビジネスモデルの出現である。例えば、低価格だが資産回転率の高いビジネスモデルや、売上収益とアフターサポート収益の割合が従来とは異なるビジネスモデルなどである。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第1章 変化のシグナル ー 機会はどこにある? (6)

企業は上位市場に向かう持続的イノベーションを推進し、製品・サービスの性能向上に取り組むうちに、やがて一部の顧客が使いこなせる以上の「過剰な性能」を提供するようになる。人々が片づけようとする用事は、時間が経っても驚くほど変わらないのに、製品はどんどん良くなっていき、いつか必ず性能過剰になってコモディティ化を促す。

コモディティ化が進むと、企業はやがて自社の製品・サービスを差別化して利益を生み出すことができなくなる。過剰満足が生じると業界の競争基盤が変化するため、成長機会を生み出すことのできるイノベーションの種類が変化する。

過剰満足の顧客は、かつて重視していた性能向上に対して、割増金額の支払いを次第に減らしていく。企業がプラスアルファの機能を追加しても、それは使われずに終わる。顧客は、それまで気にも留めなかった点に不満を持つようになる。

機能性と信頼性が必要以上に高くなれば、企業が競争する「性能」の側面は「使いやすさ」へ移行する。それは、自在に簡単に使えるか(利便性)、一人ひとりの顧客の独自の用事を片づけるのに適しているか(カスタマイズ性)、安く利用できるか(価格)といった側面である。顧客が価格だけを重視するようになるのは、他のすべてのニーズが満たされた後となる。そこに至るまでは「機能性」「信頼性」「利便性」「カスタマイズ性」の優れた製品を提供する企業に、顧客は割高な価格を支払う。

市場のすべての顧客が同時に過剰満足の状態に陥るわけではない。「使いやすさ」を重視する状態は市場の底辺から始まり、徐々に上の階層にへ波及していく。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社