イノベーションの最終解:第4章 イノベーションに影響を与える市場外の要因 (4)

政府の影響を予想する上で理解しなければならない3つの原則は次の通りである。
 
原則1:適切な動機づけを持たせるのは難しい

政府によって企業に適切な動機づけを持たせるのは難しい。政府は「市場が最適に機能していない」というシグナルを「市場が機能していないのは、別のところに根本原因がある」というノイズと取り違える。また仮に政府が根本原因を特定できたとしても、それに対処するのは難しい。

政府は、市場に新規参入する企業が不足していることに対処するために、潜在的競合企業の動機づけを高めようと施策を講じる。このような競争不足の状況においては次のことが言える。

  • 既存の規制の枠組み、または何らかの外部性が市場の不均衡を招いているときであれば、「市場が機能不全に陥っていてイノベーションの自然なプロセスが阻害されていることを示すシグナル」として解釈してよい。
  • 専門的企業の新規参入を阻害している根本原因が、業界の基本的な経済性にあるか、または相互に依存的なシステムにあるときは「ノイズ」として解釈すべきである。

シグナルに対処するための措置が、動機づけをもたらすことはある。しかし、ノイズに反応してしまったり、根本原因への対応を間違ったりすると「見せかけの動機づけ」をもたらしてしまう。「本物の動機づけ」が競争の激しい市場で利益を上げる機会から生まれるのに対して、「見せかけの動機づけ」は補助金や助成金といった金銭的インセンティブが与えられることで生まれる。

政府と投資家が有望なビジネスモデルやイノベーションを辛抱強く支援するスタミナを持っていれば「見せかけの動機づけ」を「本物の動機づけ」に変えることはできる。
 
原則2:法律に基づく能力が、技術的能力や業務能力をもたらすとは限らない

企業の市場参入を阻んでいるのが「法的な障壁」であれば、政府は今にもモジュール化しそうなインターフェースを特定・開放して、イノベーションと競争を促進することができる。他方、阻んでいるのが「技術上、業務上の障壁」であれば、政府の措置はあまり効果がない。

規制緩和や規制改革などで「法的な障壁」が取り除かれると、イノベーションの事業化を目指す企業の商業的活動は活発化する。しかし、企業が事業を進めるための「法的能力」を持ったからいって、それを行う「技術的能力」や「業務能力」を持っていることにはならない。
 
原則3:「ジレンマ」から抜け出すのは困難で時間がかかる

「ジレンマ」においては、政府が措置を講じるのに時間がかかる上に、それが成功する見込みは薄い。とはいえ、政府が「基礎研究」に的を絞れば、企業のジレンマ脱出を手助けすることができる。

競争が停滞している既存市場において、政府が急いで競争的な環境を生み出そうとするときは要注意である。あらゆる手を尽くして「動機づけ」と「能力」を同時に高めようとするあまり、法案が骨抜きになるからである。その結果、既存企業が悪質な操作を行ったり、新規参入企業が規制緩和により生まれた短期的な機会に乗じる貧弱なビジネスモデルを作ったりと、悪い影響をもたらす。

「ジレンマ」では、一気に市場の変革を図ろうとするよりも、次の措置の方が効果的である。

  1. 「動機づけ」と「能力」の問題のうちの一方に集中する
    • 政府が片方の問題に集中して対応するのであれば、もう片方の問題を起業家自身が対処するための環境を作る必要がある。
    • 動機づけは予測不可能であることから、政府が能力を促進するような政策から始めた方が、成功する見込みは高い。
    • 「参入する動機づけはあるが能力に欠けるプレーヤー層」を政府が特定できるのであれば、大きな効果が期待できるだろう。
  2. 破壊のプロセスを加速するような政策を考案する
    • イノベーションへの障壁があまりにも多い場合や、障壁があまりにも根深く対処できない場合は、破壊を促すことが得策である。
    • 破壊を加速させれば企業は隣接するさまざまな市場から飛び出し、変化が遅々として進まないように思われる市場に劇的な変化を強いるだろう。
    • 政府による放任的な措置は、企業の自力を底上げし、破壊を促進するだろう。

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第4章 イノベーションに影響を与える市場外の要因 (3)

動機づけ/能力マトリクスから次のことが言える。

  • 温床:イノベーションの創出と活用が盛んに行われる
  • 足かせ:動機づけが能力を補えばイノベーションが起こる
  • 燃料不足:イノベーションが起こる確率が低い
  • ジレンマ:イノベーションが失敗に至る可能性がある

政府の施策が及ぼす影響として、米国の1996年電気通信法(通信改革法、TRA)のケースを分析すると、3つの教訓が得られた。

  1. 動機づけを生み出すことは困難であり、危険を伴う
  2. 能力を生み出すのは思った以上に難しい
  3. 一度に両方を生み出そうとすれば、壊滅的な結果を招きかねない

また、政府の影響を予想する上で理解しなければならない、3つの重要な原則が導出された。

  • 原則1:適切な動機づけをもたせるのは難しい
  • 原則2:能力を生み出すのは難しい
  • 原則3:法的措置によって企業を「ジレンマ」の領域から救い出すのは非常に難しい

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第4章 イノベーションに影響を与える市場外の要因 (2)

イノベーションの自然な進展と、政府が市場を監督するためにとる措置との間には、予測可能な関係がある。「動機づけ」と「能力」は「政府の政策(市場外の要因)」によって市場の位置が変化する。その影響をまとめると、図4-1のマトリクスのようになる。


図4-1. 動機づけ/能力マトリクス

 
図4-1は、以下に示す業界の4つの状況を示している。
 
1. 温床(イノベーターが動機づけも能力もふんだんに持っている状況)

動機づけと能力が十分ある業界は「温床」であり、イノベーションに満ちあふれている。

「温床」では、既事企業と新規参入企業は何の制約にもとらわれず、既存企業には収益性の高い持続的イノベーションを追求する機会があり、破壊性を秘めた新規参入企業には、主要な既存企業を攻撃する機会がある。イノベーターは何の制約もない環境で、持続的、破壊的イノベーションの両方を自由に推進することができる。
 
2. 足かせ(イノベーションを開発、活用する能力に欠ける状況)

「足かせ」では、企業はイノベーションのビジョンが見えているのに、何らかの制約によって実現できない。

政府は、必要なインプットや顧客集団へのアクセスに影響を与えることを通して、「足かせ」の状況を創出したり是正したりする重要な役割を果たしている。新規参入企業であれ既存企業であれ、たとえ資源が無限にあったとしても、政府の政策に阻まれて顧客に到達できなければ革新的な製品で成長を生み出すことはできない。

政府による規制により、破壊的イノベーションの中核である要求のゆるい顧客層へのアクセスが制限されれば、企業のサービス提供能力が阻害されることがある。規制が厳しい業界では、起業家は破壊性のあるアイデアを活かせず、最大公約数的な製品をつくってしまうことが多い。
 
3. 燃料不足(イノベーションを開発、活用する動機づけがない状況)

「燃料不足」は、企業がサービスを生み出し、それを顧客に提供する能力がありながら、そうする動機づけを持たない状況である。「燃料不足」ではイノベーションを推進する機会はあるが、企業はそれを収益化する方法を見つけるのに苦労し、起業家精神を焚きつける「燃料」がなければ、成功する見込みが薄い。

政府は新規参入企業と既存企業の両方の動機づけに、さまざまな法的、規制的手段を通じて影響を与えることがある。政府は規制された市場や、少数の大手プレーヤーの支配する市場で競争を促進するために、ある集団には動機づけを与え、同時に別の集団の動機づけを削ぐような、非対称な措置をとることが多い。

資源を獲得し、それを使って顧客の望む製品を生み出す能力を持つ企業は、常識を覆すような利益創出方法を思いつくことがある。
 
4. ジレンマ(イノベーションへの動機づけも能力もない状況)

「ジレンマ」は「温床」の対極にある。「ジレンマ」では、企業はイノベーションを推進する動機づけも能力も持たない。「ジレンマ」の状況下にいるイノベーターは、イノベーションを創出して活用することができない。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第4章 イノベーションに影響を与える市場外の要因 (1)

[ 第4章のテーマ ]

  • イノベーションの新規参入企業の原動力とは何だろう?
  • こうした原動力に影響を与える、市場外の要因とは何だろう?
  • 市場外のプレーヤーは、イノベーションのペースを加速させるためにどのような措置をとれるだろう?
  • イノベーションを阻害する措置、あるいは何の影響も及ぼさない措置とはどのようなものだろうか?
  • 介入が必要でない状況、適切な介入が奏功する状況、介入がほとんど効果を上げない状況を見分けるには、どうすればいいだろう?

イノベーションが繁栄できる市場環境には、以下の2つの要因が見られる。

  • 動機づけ(勝者を待ち受ける黄金入りの壺)
  • 能力(資源を獲得し、それをビジネスモデルに組み入れ、できあがった製品・サービスを願容に提供する能力)

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (8)

新規参入企業は、誤った準備計画を実行すれば、誤った顧客をターゲットにすることになる。新規参入企業が重複したバリューネットワークの中に身を置けば、既存企業にとって補完的なビジネスモデルと能力を開発する羽目になる。その結果、形勢を既存企業に有利に傾けてしまう。

破壊のブラックベルトを取得した既存企業は、破壊の脅威をかわすスピンアウト組織を作るか、破壊の力を繰り返し活用する能力を社内で開発する能力を持っている。

戦略的選択を分析する際には、以下の質問を考えるとよい。

  • 企業
    • 企業は正しい戦略が創発的に生まれる必要があるような状況に置かれているだろうか?
    • 企業には創発的な力を促す自由度があるだろうか?
  • マネージャー
    • 企業のマネジャーは、今後も再び起こり得る問題に取り組んだ経験があるだろうか?
    • また経験から学習する能力を証明してきただろうか?
  • 投資家
    • 投資家の価値基準は、企業のニーズとマッチしているだろうか?
    • 投資家が企業の場合、その成長は鈍化していないだろうか?
  • バリューネットワーク
    • バリューネットワークは既存企業のものと重複しているだろうか?
    • 答えがイエスの場合、重複の度合いはどれほどだろう?
    • バリューネットワークのせいで、非対称なビジネスモデルを生み出すのが不可能な状況だろうか?
  • 組織
    • これはスピンアウト組織をつくるのに適した状況だろうか?
    • スピンアウト組織には、必要なことを行う自由度があるだろうか?

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (7)

企業は、破壊の力をコントロールするための戦略、つまり「破壊のブラックベルト」をとる方法を学ぶことができる。具体的には、新たに設立した独立組織を通じて破壊に反撃するか、破壊的成長をくり返し生み出す能力を社内で開発するのである。

既存企業が適切な準備計画を実行し、適切な戦略構築プロセスを用い、適切な経営者を採用し、適切な資金源から資金を調達することができなければ、スピンアウト組織をつくったり、社内で破壊のエンジンを開発しようとしても、必ず失敗する。

 

1. 破壊を推進するスピンアウト組織をつくる

既存企業は新規参入企業に必ずしも破壊されるとは限らない。新しいベンチャー事業を設立して他社を破壊することもできる。スピンアウトを実行するには、完全に独立した事業体を設置し、その事業体に独自のスキルを開発し、独自の成功基準を確立する自由度を与える必要がある。

「取り込み」が、社内の能力を動員して破壊的新規参入企業を撃退しようとする試みであるのに対し、「新しいベンチャーをスピンアウトさせる」のは、干渉を受けない外部組織をつくって戦いに参入しようとする試みである。

スピンアウト戦略の成否を判断するには、既存企業がスピンアウト組織の適切な要素を分離させ、その組織が独自の価値基準により、独自の準備計画を実行できるよう取り計らう必要がある。既存企業がスピンアウト組織に十分な自由度を与えれば、攻撃してくる新規参入企業に対して極めて有利な立場に立てる。また破壊の道筋を歩みやすくするような「資源」や「プロセス」をスピンアウト組織に授けることで、形勢を有利に傾けることもできる。

イノベーションを推進する組織をスピンアウトすることは、イノベーションマネジメントにおける万能の解決策ではない。スピンアウト組織が理に適うのは、既存企業が事業機会を追求するためのスキルや、それを社内で開発する動機づけを持っていないときに限られる。

 

2. 破壊の成長エンジンを構築する能力を開発する

既存企業が破壊的イノベーションをうまく推進できないのは、自社のプロセスと価値基準では、破壊的、持続的イノベーションの両方に同時に対処することが許されないからである。そこで、破壊的イノベーションをくり返し推進するプロセスを、社内に構築するとよい。

以下の手法を実行すれば、破壊的イノベーションを推進する確率は高まる。

  1. 必要になる前に始める
  2. アイデアを適切な形に変え、適切に資源が配分されるよう導く上級役員を任命する
  3. アイデアを適切な形にするためのチ1ムとプロセスを立ち上げる
  4. 破壊的なアイデアを見きわめられるよう、社員を訓練する

上記のうち2.と3.は特に重要である。これらの手法を実行するにあたって、次の点に注意すべきだ。

  • 破壊的イノベーションをくり返し推進しようとする企業は、破壊的成長を育むための独立したプロセスを持たなければならない。
  • 破壊的成長を育むための独立したプロセスには、イノベーションが主流事業にとって本当に破壊的かどうかを判断するための線引きが含まれている必要ある。
  • 持続的イノベーションのプロセスとは独立して運営されなければならない。
  • 強力な上級役員が資源配分プロセスを取り仕切り、破壊的イノベーションと持続的イノベーションを別のプロセスに振り分けなければならない。

破壊的な事業機会を優先しない主流の価値基準から独立した、厳密で反復可能なプロセスがあれば、破壊的成長を立て続けに生み出すことは可能である。反撃のためのスピンアウト組織を設置するという戦略と、破壊をマスターするための社内能力を構築するという長期的戦略を並行して実行することで、既存企業は形勢を再び有利に傾けられるだろう。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (6)

バリューネットワークとは、上流のサプライヤーや下流の顧客、小売業者、流通業者、その他の提携企業や業界内の補助的な企業がつくる集まりをいう。企業が非対称性を生み出すためには、競合企業から完全に独立した自立的なバリューネットワークの中に身を置くか、そうしたバリューネットワークを新しく構築する必要がある。

サプライヤーや流通網、販売チャネル、サポート企業が、既存の競合企業のそれと重複していると、「既存企業にとって理に適った製品・サービスを生み出せ」という厳しい圧力にさらされることがある。同調圧力をかけられやすい、重複したバリューネットワークの中で活動する企業は、十分な非対称性を持ちづらい。

非対称性がなければ、破壊的企業に対抗する既存企業の戦略は「撤退」から「取り込み」に変わる。新規参入企業が既存のバリューネットを補完するようなネットワークを持てば、既存企業は新規参入企業に対抗しやすくなる。重複するバリューネットワークは、既存企業による「取り込み」を助長する。

企業のバリューネットワークが業界の「破壊」をもたらすのか、それとも既存企業による「取り込み」を促すのかを判別する方法は、次の通りである。

  1. 企業のバリューネットワーク内で活動する全プレーヤーをリストアップする。
  2. 競合企業のバリューネットワーク内で活動する全プレーヤーをリストアップする。
  3. リストアップしたプレーヤーのどの部分が重複しているのかを調べ、重複の度合いを評価する。
  4. 新規参入企業のコスト構造とビジネスモデルが、重複によってどのような影響を受けるかを考える。

 
重複度がゼロか低い場合は、企業は非対称な動機づけを活用して非対称なスキルを生み出す可能性が非常に高い。バリューネットワークが補完的で重複度が高い場合は、既存企業にとって自然な選択は「上位市場への撤退」ではなく「取り込み」になる。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2005)『明日は誰のものか イノベーションの最終解』ランダムハウス講談社
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (5)

イノベーターは、成長過程の節目ふしめでイノベーションに必要なものを与えるような価値基準を持っていなければならない。破壊的イノベーションを推進する企業は「成長は気長に、利益は性急に」求めるべきである。

綿密な定量分析や市場予測を要求する投資家は「一見すると性能の限られた製品を測定できない市場に投入している企業」を退けてしまうかもしれない。そのような投資家は、意図的戦略を実行することを企業に強要し、創発的要因を認めようとしない。さらにファンドが成長して規模が拡大すれば、企業に対して一気に成長せよという圧力をますますかけるようになる。

破壊的イノベーションは、時間をかけてじっくり成長、熟成させるものである。破壊的イノベーションを推進する企業は、投資家がどのような価値基準を持っているかを見極める必要がある。

投資家の価値基準を見極めるには、企業に資金を提供している事業体のニーズを分析するとよい。例えば次のような点である。

  • その事業体は、利益を性急に、成長を気長に求めるような状況にあるのか
  • その事業体は、破壊的なベンチャー企業に一気に成長するよう圧力をかけなければならない状況にあるのか?
  • 投資家の価値基準と、資金を求める企業のニーズはマッチしているだろうか?

資金調達では、次のような要因が重要となる。

  1. 投資家と企業の関係
    • 投資対象企業と距離を置いた関係にある投資家は、企業がなんらかの波乱に見舞われると、出資をやめることが多い。
    • あらかじめ企業の方向性が変化することがわかっている場合は、そうした変化を許容できる投資家であるかどうかを確かめておくべきである。
  2. 調達する資金の額
    • 巨額資金の提供者すべてに見返りを与えるために、急速に成長しなければならなくなり、結果として企業を破壊の軌道に乗せてくれる、小規模で収益性の高い事業機会を退けてしまう可能性がある。
    • また、あまりにも潤沢な資金があると、成功の見込みのない戦略にいつまでもこだわることになりかねない。

破壊的イノベーションのための資金調達では、次の点を注意しよう。

  • 企業は、製品を開発して初期市場に投入するための資本を、大きく超える額まで調達すべきでない。
  • 「速く大きく成長する」ことを求める資金が望ましいのは、企業が適切な顧客を見つけ、収益性の高いビジネスモデルを開発した後である。
  • (節度のある範囲内で)ビジネスの実験を奨励し、大規模な市場への進出を無理強いしない投資家を見つけるとよい。
  • 企業が少額投資と学習をくり返すことを通じて、有効な戦略とビジネスモデルを開発するように仕向ける投資家を探すとよい。

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (4)

モーガン・マッコー教授の提唱する「経験の学校」の理論によれば、経営者は生まれながらにしてなるのではなく、経験によってつくられる。将来取り組まなければならない課題を過去に取り組んだことがある「経験の学校」に通った人材は、成功する見込みが高い。

着目点さえ正しければ、経営幹部の経歴は課題に取り組む重要な手がかりとなる。企業が将来直面するであろう難問をリストアップして、経営者が過去に似たような課題に取り組んだことがあるかどうかを確かめるとよい。

破壊的企業の経営者は、次に挙げる経験の学校の「講座」を、少なくともいくつか受講していることが望ましい。

  • 不確実性のきわめて高い環境で事業を行ったことがある。
  • 一見得られそうにない情報を掘り起こすための計画を立案したことがある。
  • 試行錯誤の末に、製品・サービスを利用できる、思いもよらない顧客を発掘したことがある。
  • 詳細なデータだけに頼らず、理論と直感をもとに決定を下したことがある。
  • 臨機応変な対応により、それほど資金を使わずに問題を解決したことがある。
  • 企業の課題にふさわしいスキルを備えた経営チームを、ゼロから立ち上げたことがある。
  • やるべきことを速くやるために、社内の特定のプロセスを阻止、活用、あるいは操作したことがある。

上記のいくつかに取り組んだことのある経営幹部は、破壊的イノベーションの推進を先導するのにふさわしい。ただし、意図的戦略が必要な状況では、経営幹部は創発的戦略とは別の経験の学校に通っていなければならない。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (3)

経営者はトップダウンで意図的に戦略を指示することもできれば、ボトムアップで創発的に湧き上がってくる戦略を採用することもできる。企業は創発的な戦略を生み出す力を促すことで、適切なターゲット市場を発見しやすくなる。市場がどのように進化していくかはわからないが、創発的な戦略プロセスを用いれば、市場のシグナルを読み取り、それに合わせて戦略的行動を調整していける。

経営幹部に聞き取りを行ったり、企業の行動を観察したりすれば、企業が創発的戦略のプロセスを採用しているかどうかがわかる。次のような点に注視しよう。

  • 企業は思い込みから行動するのではなく、学習し適応できるような事業体制を構築しているか?
    • 大規模な先行投資を行う企業は、固定費を賄うために大口顧客や量販市場の顧客を獲得せざるを得ないことが多い。
    • 先行投資を少額に留めておけば、柔軟な対応が可能になる。
    • 製品アーキテクチャが柔軟に構成可能なら、創発的要因に適応しやすい。

  • 企業は「わかっていないこと」を認識し、未知を既知に変える手順を持っているか?
    • 経営者は「もしXとYが起これば、5年以内に10億ドル規模の市場が生まれるでしょう。XとYが起こる確率は、次の方法で検証します」というように発言すべきである。
    • 企業はある程度まとまった金額を投資した後、前進がはっきり目に見えるまでは、追加投資を控えるべきである。
    • 調査の行き届いた、入念に準備された事業計画を持ち、不透明な状況での予測を信じ込んでいる企業は怪しむべきである。
    • 市場から明確なシグナルが得られ、勝つために必要な戦略が明らかになれば、創発的戦略から意図的戦略に転換すべきである。
    • 意図的戦略は持続的イノベーションを推進する大企業には、非常に有効である。

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社