ハーバード・ビジネス・レビュー イノベーション論文ベスト10 – イノベーションの教科書
ダイヤモンド社 2018.09.06 264ページ
ハーバード・ビジネス・レビュー イノベーション論文ベスト10 – イノベーションの教科書
ダイヤモンド社 2018.09.06 264ページ
市場外の要因がイノベーションの力に与える影響は予測可能であり、イノベーターが新しい製品・サービスを開発・活用する「動機づけ」または「能力」に影響を与える。
「能力」または「動機づけ」を高めようとする措置はイノベーションを活性化させる傾向にあり、「能力」や「動機づけ」への障壁を築くような措置はイノベーションを阻害する傾向にある。
動機づけ/能力マトリクスは、イノベーションへの障壁を理解し、介入がイノベーションにどのような影響を与えるかを理解するのに役立つツールである。イノベーションを阻害しているのが市場の不均衡で「動機づけ」をくじく場合、または法的障壁であり「能力」を制約する場合、政府の介入によって業界を温床の領域に押し上げることができる。
これに対して、イノベーションへの障壁が技術的障壁であるか、貧弱な経済性である場合は、政府の介入が業界の競争を促す可能性は低い。業界が市場外の措置によってイノベーションを促進できる状況にあるからといって、イノベーションを促進できるとは限らない。
イノベーションの障害に対して政治的に好ましい措置をとれば、問題を悪化させることがある。また問題が深刻であればあるほど、一つの措置で是正できる可能性は低くなる。政府にできることは、破壊的イノベーターに新しいバリューネットワークの創出を促し、それを通じて業界を変革することである。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
動機づけ/能力マトリクスを使う方法は次の通りである。
表4-1は「適切な介入が功を奏する状況(法的な障壁または経済性の歪みがイノベーションを阻害している状況)」と「介入がほとんど効果のない状況(技術的隙壁とジレンマの状況)」を判別する方法をまとめたものである。
状況 | 判別方法 | シグナル | 何が起こり得るか |
---|---|---|---|
市場外の要因が状況を改善し得る |
実証済みの技術をもった企業が市場外の障壁のせいで市場に参入しない
|
能力または動機づけを高めるための正しい措置 |
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経済性の歪みに対処せず、人為的な動機づけをもたらすような措置 |
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||
市場外の要因が状況を容易に改善できない | 新規企業が市場に参入するための技術的能力を持っていない(相互依存性が求められる) | 能力を高めようとする措置が失敗する |
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業界に動機づけも能カもない | 一気に市場の変革を図ろうとする「ビッグバン」方式の措置を強引に進める |
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<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
政府の影響を予想する上で理解しなければならない3つの原則は次の通りである。
原則1:適切な動機づけを持たせるのは難しい
政府によって企業に適切な動機づけを持たせるのは難しい。政府は「市場が最適に機能していない」というシグナルを「市場が機能していないのは、別のところに根本原因がある」というノイズと取り違える。また仮に政府が根本原因を特定できたとしても、それに対処するのは難しい。
政府は、市場に新規参入する企業が不足していることに対処するために、潜在的競合企業の動機づけを高めようと施策を講じる。このような競争不足の状況においては次のことが言える。
シグナルに対処するための措置が、動機づけをもたらすことはある。しかし、ノイズに反応してしまったり、根本原因への対応を間違ったりすると「見せかけの動機づけ」をもたらしてしまう。「本物の動機づけ」が競争の激しい市場で利益を上げる機会から生まれるのに対して、「見せかけの動機づけ」は補助金や助成金といった金銭的インセンティブが与えられることで生まれる。
政府と投資家が有望なビジネスモデルやイノベーションを辛抱強く支援するスタミナを持っていれば「見せかけの動機づけ」を「本物の動機づけ」に変えることはできる。
原則2:法律に基づく能力が、技術的能力や業務能力をもたらすとは限らない
企業の市場参入を阻んでいるのが「法的な障壁」であれば、政府は今にもモジュール化しそうなインターフェースを特定・開放して、イノベーションと競争を促進することができる。他方、阻んでいるのが「技術上、業務上の障壁」であれば、政府の措置はあまり効果がない。
規制緩和や規制改革などで「法的な障壁」が取り除かれると、イノベーションの事業化を目指す企業の商業的活動は活発化する。しかし、企業が事業を進めるための「法的能力」を持ったからいって、それを行う「技術的能力」や「業務能力」を持っていることにはならない。
原則3:「ジレンマ」から抜け出すのは困難で時間がかかる
「ジレンマ」においては、政府が措置を講じるのに時間がかかる上に、それが成功する見込みは薄い。とはいえ、政府が「基礎研究」に的を絞れば、企業のジレンマ脱出を手助けすることができる。
競争が停滞している既存市場において、政府が急いで競争的な環境を生み出そうとするときは要注意である。あらゆる手を尽くして「動機づけ」と「能力」を同時に高めようとするあまり、法案が骨抜きになるからである。その結果、既存企業が悪質な操作を行ったり、新規参入企業が規制緩和により生まれた短期的な機会に乗じる貧弱なビジネスモデルを作ったりと、悪い影響をもたらす。
「ジレンマ」では、一気に市場の変革を図ろうとするよりも、次の措置の方が効果的である。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
動機づけ/能力マトリクスから次のことが言える。
政府の施策が及ぼす影響として、米国の1996年電気通信法(通信改革法、TRA)のケースを分析すると、3つの教訓が得られた。
また、政府の影響を予想する上で理解しなければならない、3つの重要な原則が導出された。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
イノベーションの自然な進展と、政府が市場を監督するためにとる措置との間には、予測可能な関係がある。「動機づけ」と「能力」は「政府の政策(市場外の要因)」によって市場の位置が変化する。その影響をまとめると、図4-1のマトリクスのようになる。
図4-1は、以下に示す業界の4つの状況を示している。
1. 温床(イノベーターが動機づけも能力もふんだんに持っている状況)
動機づけと能力が十分ある業界は「温床」であり、イノベーションに満ちあふれている。
「温床」では、既事企業と新規参入企業は何の制約にもとらわれず、既存企業には収益性の高い持続的イノベーションを追求する機会があり、破壊性を秘めた新規参入企業には、主要な既存企業を攻撃する機会がある。イノベーターは何の制約もない環境で、持続的、破壊的イノベーションの両方を自由に推進することができる。
2. 足かせ(イノベーションを開発、活用する能力に欠ける状況)
「足かせ」では、企業はイノベーションのビジョンが見えているのに、何らかの制約によって実現できない。
政府は、必要なインプットや顧客集団へのアクセスに影響を与えることを通して、「足かせ」の状況を創出したり是正したりする重要な役割を果たしている。新規参入企業であれ既存企業であれ、たとえ資源が無限にあったとしても、政府の政策に阻まれて顧客に到達できなければ革新的な製品で成長を生み出すことはできない。
政府による規制により、破壊的イノベーションの中核である要求のゆるい顧客層へのアクセスが制限されれば、企業のサービス提供能力が阻害されることがある。規制が厳しい業界では、起業家は破壊性のあるアイデアを活かせず、最大公約数的な製品をつくってしまうことが多い。
3. 燃料不足(イノベーションを開発、活用する動機づけがない状況)
「燃料不足」は、企業がサービスを生み出し、それを顧客に提供する能力がありながら、そうする動機づけを持たない状況である。「燃料不足」ではイノベーションを推進する機会はあるが、企業はそれを収益化する方法を見つけるのに苦労し、起業家精神を焚きつける「燃料」がなければ、成功する見込みが薄い。
政府は新規参入企業と既存企業の両方の動機づけに、さまざまな法的、規制的手段を通じて影響を与えることがある。政府は規制された市場や、少数の大手プレーヤーの支配する市場で競争を促進するために、ある集団には動機づけを与え、同時に別の集団の動機づけを削ぐような、非対称な措置をとることが多い。
資源を獲得し、それを使って顧客の望む製品を生み出す能力を持つ企業は、常識を覆すような利益創出方法を思いつくことがある。
4. ジレンマ(イノベーションへの動機づけも能力もない状況)
「ジレンマ」は「温床」の対極にある。「ジレンマ」では、企業はイノベーションを推進する動機づけも能力も持たない。「ジレンマ」の状況下にいるイノベーターは、イノベーションを創出して活用することができない。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
[ 第4章のテーマ ]
- イノベーションの新規参入企業の原動力とは何だろう?
- こうした原動力に影響を与える、市場外の要因とは何だろう?
- 市場外のプレーヤーは、イノベーションのペースを加速させるためにどのような措置をとれるだろう?
- イノベーションを阻害する措置、あるいは何の影響も及ぼさない措置とはどのようなものだろうか?
- 介入が必要でない状況、適切な介入が奏功する状況、介入がほとんど効果を上げない状況を見分けるには、どうすればいいだろう?
イノベーションが繁栄できる市場環境には、以下の2つの要因が見られる。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
新規参入企業は、誤った準備計画を実行すれば、誤った顧客をターゲットにすることになる。新規参入企業が重複したバリューネットワークの中に身を置けば、既存企業にとって補完的なビジネスモデルと能力を開発する羽目になる。その結果、形勢を既存企業に有利に傾けてしまう。
破壊のブラックベルトを取得した既存企業は、破壊の脅威をかわすスピンアウト組織を作るか、破壊の力を繰り返し活用する能力を社内で開発する能力を持っている。
戦略的選択を分析する際には、以下の質問を考えるとよい。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
企業は、破壊の力をコントロールするための戦略、つまり「破壊のブラックベルト」をとる方法を学ぶことができる。具体的には、新たに設立した独立組織を通じて破壊に反撃するか、破壊的成長をくり返し生み出す能力を社内で開発するのである。
既存企業が適切な準備計画を実行し、適切な戦略構築プロセスを用い、適切な経営者を採用し、適切な資金源から資金を調達することができなければ、スピンアウト組織をつくったり、社内で破壊のエンジンを開発しようとしても、必ず失敗する。
1. 破壊を推進するスピンアウト組織をつくる
既存企業は新規参入企業に必ずしも破壊されるとは限らない。新しいベンチャー事業を設立して他社を破壊することもできる。スピンアウトを実行するには、完全に独立した事業体を設置し、その事業体に独自のスキルを開発し、独自の成功基準を確立する自由度を与える必要がある。
「取り込み」が、社内の能力を動員して破壊的新規参入企業を撃退しようとする試みであるのに対し、「新しいベンチャーをスピンアウトさせる」のは、干渉を受けない外部組織をつくって戦いに参入しようとする試みである。
スピンアウト戦略の成否を判断するには、既存企業がスピンアウト組織の適切な要素を分離させ、その組織が独自の価値基準により、独自の準備計画を実行できるよう取り計らう必要がある。既存企業がスピンアウト組織に十分な自由度を与えれば、攻撃してくる新規参入企業に対して極めて有利な立場に立てる。また破壊の道筋を歩みやすくするような「資源」や「プロセス」をスピンアウト組織に授けることで、形勢を有利に傾けることもできる。
イノベーションを推進する組織をスピンアウトすることは、イノベーションマネジメントにおける万能の解決策ではない。スピンアウト組織が理に適うのは、既存企業が事業機会を追求するためのスキルや、それを社内で開発する動機づけを持っていないときに限られる。
2. 破壊の成長エンジンを構築する能力を開発する
既存企業が破壊的イノベーションをうまく推進できないのは、自社のプロセスと価値基準では、破壊的、持続的イノベーションの両方に同時に対処することが許されないからである。そこで、破壊的イノベーションをくり返し推進するプロセスを、社内に構築するとよい。
以下の手法を実行すれば、破壊的イノベーションを推進する確率は高まる。
上記のうち2.と3.は特に重要である。これらの手法を実行するにあたって、次の点に注意すべきだ。
破壊的な事業機会を優先しない主流の価値基準から独立した、厳密で反復可能なプロセスがあれば、破壊的成長を立て続けに生み出すことは可能である。反撃のためのスピンアウト組織を設置するという戦略と、破壊をマスターするための社内能力を構築するという長期的戦略を並行して実行することで、既存企業は形勢を再び有利に傾けられるだろう。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社
バリューネットワークとは、上流のサプライヤーや下流の顧客、小売業者、流通業者、その他の提携企業や業界内の補助的な企業がつくる集まりをいう。企業が非対称性を生み出すためには、競合企業から完全に独立した自立的なバリューネットワークの中に身を置くか、そうしたバリューネットワークを新しく構築する必要がある。
サプライヤーや流通網、販売チャネル、サポート企業が、既存の競合企業のそれと重複していると、「既存企業にとって理に適った製品・サービスを生み出せ」という厳しい圧力にさらされることがある。同調圧力をかけられやすい、重複したバリューネットワークの中で活動する企業は、十分な非対称性を持ちづらい。
非対称性がなければ、破壊的企業に対抗する既存企業の戦略は「撤退」から「取り込み」に変わる。新規参入企業が既存のバリューネットを補完するようなネットワークを持てば、既存企業は新規参入企業に対抗しやすくなる。重複するバリューネットワークは、既存企業による「取り込み」を助長する。
企業のバリューネットワークが業界の「破壊」をもたらすのか、それとも既存企業による「取り込み」を促すのかを判別する方法は、次の通りである。
重複度がゼロか低い場合は、企業は非対称な動機づけを活用して非対称なスキルを生み出す可能性が非常に高い。バリューネットワークが補完的で重複度が高い場合は、既存企業にとって自然な選択は「上位市場への撤退」ではなく「取り込み」になる。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2005)『明日は誰のものか イノベーションの最終解』ランダムハウス講談社
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社