イノベーションへの解

イノベーションへの解:第2章 最強の競合企業を打ち負かす方法 (5)

『イノベーションのジレンマ』では、破壊的イノベーションのモデルを図2-2のように表現した。縦軸に製品の「性能」、横軸に「時間」をとり、2つの軸から構成される面は、顧客が製品やサービスを購入し使用する、特定の用途市場を表している。この平面(次元)のことを「バリュー・ネットワーク」と呼んだ。

企業はこのバリュー・ネットワークという環境の中で、コスト構造や業務プロセスを確立し、サプライヤーやチャネル・パートナーと協力して、ある階級の顧客に共通するニーズを満たして利益を得る。バリュー・ネットワークの中では、各企業の競争戦略、そして特にコスト構造や、対象とする市場や顧客の選択によって、企業がイノベーションの経済的価値をどう認識するかが決まる。

図2-2. 破壊的イノベーション・モデル(2次元版モデル)
図2-2. 破壊的イノベーション・モデル(2次元モデル)

 
『イノベーションの解』では破壊的イノベーションを2種類に分ける。2種類の破壊的イノベーションをわかりやすく示すために、破壊的イノベーションのモデルを表すグラフに「無消費または無消費の機会」という第3軸を加えて、図2-3のように表現している。

図2-3. 破壊的イノベーション・モデル(3次元モデル)
図2-3. 破壊的イノベーション・モデル(3次元モデル)

 
第3軸上に展開する赤色の平面(第3次元)は、消費と競争が行われる新しい・バリューネットワークを表している。このネットワークは、「従来その製品を購入し利用するための金やスキルを持たなかった新しい顧客」か、または「製品が利用される新しい環境」のどちらかで構成される。

新しいバリュー・ネットワークは、従来品よりシンプルで携帯性に優れ、製品コストが低い新製品が現れたときに生まれる。こうした新しいバリュー・ネットワークにおいては、主流のバリュー・ネットワークとは異なる尺度で定義される「製品の性能」を示す縦軸を引くことができる。

図2-4. さまざまなバリュー・ネットワーク
図2-4. さまざまなバリュー・ネットワーク

 
図2-4のように、新しいバリュー・ネットワークは主流のバリュー・ネットワークからさまざまな距離を置いて、第3軸に沿って現れる。このような新しいバリュー・ネットワークを生み出す破壊のことを「新市場型破壊」と呼ぶ。これに対し、主流のバリュー・ネットワークのローエンドにいる、最も収益性が低く、ニーズを過度に満たされた顧客を攻略する破壊のことを「ローエンド型破壊」と呼ぶ。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第2章 最強の競合企業を打ち負かす方法 (4)

産業の初期段階は、似たような企業が参入することが多いため、持続的イノベーションの軌跡を他社よりも果断に昇っていくことは重要になるが、これによりイノベーションのジレンマが生じる。持続的イノベーションは、破壊的イノベーションに比べてあまりにも重要で魅力的なため、持続的イノベーションの推進に卓越した企業は破壊的な脅威や機会を意図的に無視し続け、やがてゲームオーバーを迎える。

ある事業にとって「破壊的イノベーション」となるアイデアが、別の事業にとっては「持続的イノベーション」となる場合がある。持続的イノベーションの競争では既存企業が、そして破壊的イノベーションの競争では新規参入者が圧倒的に有利である。もしある製品や事業に関するアイデアが、一部の既存企業にとっては破壊的イノベーションであるように思えるが、一部にとっては持続的イノベーションであるようなら、白紙に戻してやり直すべきである。標的とする市場空間のすべての既存企業に対して、破壊的イノベーションとなる機会を定義しなければならない。

ローエンド市場において低い価格ながら利益を生み出せる「破壊的ビジネスモデル」をそのまま上位市場に持ち込み、性能の高い製品を製造して高い価格で販売できれば、更なる利益を上げることができる。逆に高コストのビジネスモデルを下位市場に持ち込み、低い価格ラインで製品を販売しようとしても、期待する利益は得られない。優良企業が破壊的イノベーションを通じて成長するためには、後に上位市場に移行しても利益を得られるようなコスト構造を持った、自律的な事業部門の中でそれに取り組む必要がある。

『イノベーションのジレンマ』は、破壊的戦略に従えば、利益ある成長事業を生み出す確率が6%から37%に高まることを示した。新成長事業の創出を試みる経営者は、優良企業に無視するか逃走する気を起こさせるような製品や市場を狙うべきである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第2章 最強の競合企業を打ち負かす方法 (3)

業界の現リーダーが持続的イノベーションの競争でほぼ勝利を収める一方で、破壊的イノベーションでの勝算は新規参入企業が圧倒的に高い。その理由は、優良企業には持続的イノベーションを支えるための精緻化された資源配分プロセスがあり、構造上破壊的イノベーションに対応できないからである。

優良企業は、上位市場に向かう動機はあるものの、破壊的イノベーターにとって魅力的な「新市場」や「ローエンド市場」を防御する意欲がほとんどない。この現象を「非対称的モチべーション」と呼ぶ。非対称的モチベーションは、イノベーションのジレンマの根幹をなしており、同時にイノベーションを実現するための手がかりとなる。

優良企業は、下位市場から進出してきた企業に攻撃されたとしても、彼らと戦うよりも上位市場へ逃げることを選択する。優良企業を上位市場へと駆り立てるこの力は、どの企業にも、どの産業にも常に作用している。事業プランを「破壊的戦略」として形成することが、実績ある競争相手を打ち負かす上で有効であり、成功へつながるのは、戦わずに逃げようとする競争相手を打ち負かしやすいからである。

[注記]
クリステンセン教授がいう「技術」とは、あらゆる企業が労働力、原料、資本、労力、情報といったインプットを、価値の高いアウトプットに変換するために用いるプロセスのことである。したがって、今後は「破壊的技術」のことを「破壊的イノベーション」とも表現する。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第2章 最強の競合企業を打ち負かす方法 (2)

図2-1. 破壊的イノベーションのモデル
図2-1. 破壊的イノベーション・モデル

 
図2-1は、『イノベーションのジレンマ』で特定した破壊的イノベーションの3つの要素を示したものである。図2-1では、顧客が利用可能な性能を一本の点線で表しているが、これは既存の主流顧客のニーズを満足させる技術の水準を示している。急な傾きの2本の実線は、技術進歩の速度が顧客の利用能力が向上していくペースよりも速いことを表している。主流顧客のニーズを今ちょうど満たすような製品を作っている企業は、将来、同じ顧客の利用能力を追い抜いてしまう。

持続的イノベーションは、従来製品よりも優れた性能で、要求の厳しいハイエンドの顧客獲得を狙うものである。持続的イノベーションによる競争は、最高の顧客により高い利益率で売れるより良い製品をつくる競争であるため、優良企業には参戦する強力な動機と十分な資源が備わっている。

他方、破壊的イノベーションは、現在手に入る製品ほどには優れていない製品やサービスを売り出すことで、その軌跡を破壊し、定義し直すものである。一般的に、新しい顧客やそれほど要求が厳しくない顧客にアピールし、シンプルで使い勝手がよく安上がりな製品を提供する。

破壊的製品がいったん新しい市場やローエンド市場に足がかりを得ると、改良のサイクルが始まる。そして技術進歩のペースが顧客の利用能力を上回ると、以前は不十分だった技術がやがて十分に向上し、要求水準が高い顧客のニーズを満たすようになり、その破壊的イノベーションはやがて既存企業を追い詰める軌道に乗る。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第2章 最強の競合企業を打ち負かす方法 (1)

[ 第2章のテーマ ]

  • 闘いに先立ち、競合企業を打ち負かせるかどうかを知る方法はあるのか。
  • なぜ破壊的戦略を実行すると、強力な既存企業が新規参入者の攻撃に対抗せず、必ず逃走するように仕向けられるのか。
  • 事業案をそのような破壊的戦略として形成するには、どうすればいいのか。
  • イノベーションによる成長競争の勝者を、本当に予測できるのだろうか。
  • 確実に勝てる競争を自分で選ぶことができたらどうだろうか。
  • どの成長戦略が成功し、どれが失敗するかを事前に予測できたら、良くはないだろうか。

クリステンセン教授が進めているイノベーションに関する研究は「既存企業が必ず勝つのはどのような状況で、参入者が彼らを打ち負かす可能性が高いのはどのような状況なのか。それらを解明するにあたって、それぞれの状況に対して別の考え方がある」ということを示唆する。

『イノベーションのジレンマ』では、イノベーションの状況に基づいて「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」を特定した。企業が魅力ある顧客に高く売れる、より良い製品をつくることで競い合うという「持続的イノベーション」では、ほぼ必ず既存企業が勝つ。一方、新規顧客や魅力のない顧客群に安く売れる、シンプルで便利な製品を商品化することが課題となる「破壊的イノベーション」では、新規参入者が既存企業を負かす確率が高い。

成功した企業を頻繁に失敗させる状況は「破壊的イノベーション」のときである。新興企業が実績ある競合企業を攻撃するのではれば、破壊的戦略を取るとよい。

破壊的イノベーションに秘められた力は、マネージャーがアイデアを計画にまとめ実行するうちに「戦略」という形になってはじめて、十分に発揮される。新たな成長を生み出すことに成功した人たちは、破壊的戦略が競争で成功する確率を大いに高めることを、直観的にせよ意識的にせよ理解している。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第1章 成長という至上命令 (3)

『イノベーションのジレンマ』は、利益を最大化させる資源配分メカニズムが、特定の状況下では優良企業を滅ぼすことを説明する理論をまとめた。それに対して『イノベーションへの解』は、新規事業を狙い通りに発展させ、破壊される側ではなく破壊者となって、ライバルの実績ある優良企業を最終的には破滅に追い込まねばならないマネージャーに指針を与える、さまざまな理論をまとめている。

狙い通り成功するためには、破壊者は優れた理論家でなければならない。また成長事業を破壊的な事業として形成するためには、重要なプロセスや意思決定をすべて、破壊的イノベーションの状況に合わせて調整する必要がある。

最後に、本書で取り上げる問題をまとめると次のようになる。

  • 第2章
    • どうすれば最強の競合企業を打ち負かすことができるか。
    • どのような戦略を取れば競合企業に滅ぼされ、また逆にどのような行動方針に従えば優位に立てるか。
  • 第3章
    • どのような製品を開発すべきか。
    • 顧客は従来製品に対する、どのような改良に喜んで割増価格を支払い、どのような改良には関心を払わないか。
  • 第4章
    • 利益ある事業を築く上で、最も発展性のある基盤となるのは、どのような初期顧客か。
  • 第5章
    • 製品の設計、生産、販売、流通に必要な活動のうち、どれを社内で行い、どれを提携先や下請け業者に任せるべきか。
  • 第6章
    • どのようにすれば利益の源泉である、強力な競争優位を確実に維持できるか。
    • コモディティ化の前兆を捕らえるには、どうすればいいか。
    • 利益を維持するためには、何をすればいいか。
  • 第7章
    • 新事業にとって最適な組織構造とは何か。
    • どのような組織部門やマネージャーに、新事業の成功を導く責任を任せるべきか。
  • 第8章
    • 必勝戦略の細部を正しく詰めるには、どうすればいいか。
    • 柔軟性が重要なのはどのようなときで、柔軟であるがゆえに失敗するのはどのようなときか。
  • 第9章
    • 誰の投資資金が成功を促し、誰の資金が命取りになるか。
    • 各発展段階で、最も役に立つ資金源はどれか。
  • 第10章
    • 事業の成長を持続させるために、上級役員はどのような役割を果たさなければならないか。
    • 上級役員は新成長事業の運営を誰に任せるべきか。
    • 上級役員が新事業に干渉すべきでないのはいつで、関与すべきなのはいつか。

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第1章 成長という至上命令 (2)

確かな理論は、次の3つの段階を経ることで構築される。

  1. 理解の対象となる現象を記述する
  2. 現象をいくつかの区分に分類する
  3. 現象を引き起こすのは何か、そしてなぜかを説明する理論を明確に打ち出す

理論構築は反復的なプロセスである。研究者や経営者は、この3つの段階を繰り返しながら、どのような状況下で、どのような行動が、どのような結果を生じるかを予測する能力を精微化していく。

上記の「2. 現象をいくつかの区分に分類する」において正しく分類することが、有用な理論を構築する上で鍵となる。正しく分類するとは、属性などの切り口で「相関関係」を明らかにするだけでなく、成功事例の背後にある根本的な「因果のメカニズム(因果関係)」まで明らかにすることである。

破壊的成長の予測可能性の基盤ができ始めるのは、同じ因果のメカニズムが予測と異なる結果(特殊な事例、アノマリー)を生じるのを発見したときである。アノマリーの発見を機に、その状況の中の何が原因となって、同じメカニズムから異なる結果が生じたのかを解明していくことができるからである。

産業や製品、サービスなどに基づく分類体系は、確かな理論の基盤にはなり得ない。確かな理論においては「属性」ではなく「状況」で区分する。相互に重複がなく全体として漏れがない(MECE: Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)状況の区分を明らかにすることができれば、何が、何を、なぜ引き起こすかを明らかにし、それが状況に応じてどのように変化するかを予測できるようになる。また状況に応じた方法で考え、行動する能力を培えば、物事を予測可能を高めることができる。

信頼できる理論の絶対条件とは、どのような行動が成功を導くかという言明のなかで「企業の置かれた状況の変化に応じて、事業や製品・サービスがどのように変化するか」が説明されていることである。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第1章 成長という至上命令 (1)

[ 第1章のテーマ ]

  • 金融市場は成長せよ、ますます速く成長し続けよ、と経営者を容赦なくあおり立てる。この至上命令を全うすることは、果たして可能なのか。
  • 投資家の成長要求を満たす見込みのあるイノベーションを推進すれば、逆に投資家には受け入れがたいリスクを負うことにならないのか。このジレンマに打開策はあるのか。

「中核事業が成熟した後に新たな成長基盤を築くことに伴うリスク」は非常に大きい。たとえ中核事業が力強く成長していても、株主の予測より速いペースで成長しない限り、市場平均を上回るリスク調整後のリターンを将来的には実現できない。企業が株価を引き上げるためには、市場予測を上回る速さで成長する必要がある。

一般に金融市場は、経営幹部のそれまでの実績に基づいて、企業が未知の事業からどれだけの成長を生み出すかを予測する。企業が優位性を活かして新たな事業を生み出してきたことを市場が評価すれば、「未知の事業が生み出す成長」が予測され、株価の上昇に影響を与える。

企業が新たな成長を生み出す事業、つまり新成長事業を狙い通り構築することができないのは、新成長事業を生み出すためのプロセスがまだ解明されていないからであると、クリステンセン教授は考える。イノベーションのプロセスを予測可能にするには、事業構築に携わる中間管理職に作用する力(何を決定し、何を決定できないかをコントロールする力)を理解する必要がある。

どのような企業にあっても、イノベーションのプロセスでは中間管理職が極めて重要な役割を果たしている。優れたアイデアを選別し、上層部から資金を確保できるように、さらに磨きをかけることが、中間管理職の仕事である。彼らはデキル奴という評価を得んがために、新たな成長のためのアイデアの中から、在任期間中に成果があがるものだけを推進する傾向がある。革新的な可能性を秘めた新しいアイデアでさえ、既存顧客を一層満足させるための計画に容赦なく作り変えられてしまう。

アイデアが形成されるプロセスにおいて、イノベーションらしいアイデアを、真の破壊的成長を生み出す事業計画へと形成するためには、「どのような条件下で、何が、何を、なぜ引き起こすか」という理論体系を理解する必要がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:序章

クリステンセン教授は、2つの問題に頭をひねっていた。

[問題1]
歴史上、最も成功した優良企業でさえ、リーダーの座を追われている。成功を持続させるのは、なぜこれほど難しいのだろう?

[問題2]
存在意義を持ち、成功し、やがては業界の現リーダーを打ち倒すような会社を興すには、どうすれば良いのだろうか?

[問題1] については、『イノベーションのジレンマ』にて次のような見解を示している。

  • 失敗を引き起こすのは、誤った経営判断だけではない。
  • 企業が成功するために不可欠な特定の慣行(例:最良顧客のニーズを満たすこと、収益性から見て最も魅力的な分野に集中投資すること)も失敗の原因となり得る。

[問題2] は、イノベーションのジレンマに潜む機会に関わるものである。『イノベーションの解』にて次のような検討を行い、その結果をまとめている。

  • 企業がつまずく理由を実際に予測できるなら、経営者がそのような失敗の原因を回避して、利益ある成長を狙い通り導く意識決定を下す手助けができないだろうか?

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社