破壊的イノベーションの研究

イノベーションへの解:第8章 戦略策定プロセスのマネジメント (4)

戦略が形成から実行へというわかりやすい順序をたどることは滅多にない。戦略は決して固定的なものではない。

成功者たちがうまくやり遂げられるのは、当初の戦略に欠陥があることが判明した場合に備えて、再試行するための資金を残しておくからである。一方、失敗者は意図的戦略の有効性がはっきりしないうちに実行に移し、資源を使い果たしてしまうことが多い。

新事業の初期段階に上層部が果たすべき役割の一つは、何が有効で何がそうでないかを創発的な事象から学び、学習したことを意図的なチャネルを通じてプロセスへと循環させることである。

創発的戦略を積極的に受け入れる経営者は、すべてがまだ完全に理解されないうちに行動に移ることができる。状況が不変だという幻想にとらわれることなく、変化しつつある現実に対応するために行動することができる。「創発的戦略」という概念そのものが、有効なパターンや一貫性を追求しながら、一つひとつ行動を起こして、何が有効かを学習していくことを意味する。

やがて優秀なマネージャーが、成功する戦略となる、有効なパターンを読み取る。このとき経営者は、資源配分プロセスでフィルターとして用いられる判断基準をしっかり掌握し、戦略策定の流れを意図的に策定する段階にシフトしなければならない。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第8章 戦略策定プロセスのマネジメント (3)

図8-1 戦略が定義され実行されるプロセス
図8-1. 戦略が定義され実行されるプロセス

 
図8-1に示した「資源配分プロセス」は、どの戦略に資金を与えて実行に移し、どの戦略に資源を与えないかを決定する。企業が現実に遂行する戦略は、新しい製品やサービス、プロセスや買収企業などに、どのように資源が配分されるかを観察することによってのみ、知ることができる。

一般に資源配分プロセスは複雑で分散しており、組織のあらゆるレベルで常に機能している。資源配分プロセスで優先順位の決定を導く価値基準が、企業の意図的戦略と連動していなければ、企業の意図的戦略と現実の戦略とが大きく食い違うことがある。

企業の戦略は、資源配分プロセスの中に入るもの(インプット)ではなく、そこから出てきたもの(アウトプット)である。一つひとつの資源配分決定が、企業の現実の行動を形づくる。そして、この行動が新しい機会や問題を引き起こし、意図的および創発的戦略策定プロセスに投入されるインプットを再び生み出す。

資源配分プロセスを強力に突き動かしているは、組織の「価値基準(経営者や従業員が優先順位付けの決定を下す際の判断基準)」である。中間管理職がどのアイデアを推進し、どのアイデアを放置するかを決定するために用いる「価値基準」が、資源配分プロセスの帰結を大きく左右する。上層部が資金投入の意思決定を下す際に用いる価値基準も、資源配分プロセスに大きな影響を与える。

資源配分プロセスを導く「価値基準」に重大な影響を与える2つの要因がある。

  1. コスト構造
    • コスト構造は利益率を決定する。
    • 資源配分プロセスにおいて、組織の利益率の維持改善に貢献しないイノベーションの計画を優先させることは、非常に難しい。
  2. 規模の闘値(しきいち)
    • 企業が大規模であるほど、事業機会の規模の闘値は高くなる。
    • 資源配分プロセスにおいて、小企業なら資源を与えられていても、企業が大規模に成長すると「うまみがあるほどには大きくない」としてふるい落とされる。

さまざまな「価値基準」が企業全体に分散するさまざまなプロセスに埋め込まれており、それらが組み合わされて「資源配分フィルタにおいて実行計画を通過させるかどうか」の決定に影響を与える。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第8章 戦略策定プロセスのマネジメント (2)

図8-1 戦略が定義され実行されるプロセス
図8-1. 戦略が定義され実行されるプロセス

 
図8-1は「意図的戦略策定プロセス」と「創発的戦略策定プロセス」の両方が、あらゆる企業で常に作用していることを示している。a
 
意図的戦略策定プロセスから生まれる「意図的戦略」

意図的戦略(意図的戦略策定プロセスを通して生まれた戦略)とは、意識的で分析的なもので、市場成長率、市場分野の規模、顧客のニーズ、競合企業の強みと弱み、技術曲線などに関するデータ分析をもとにしていることが多い。一般的にこのプロセスでは、始めと終わりがはっきり決まっているプロジェクトが策定され、「トップダウン」で実行に移される。

意図的戦略を用いて社内の活動を適切に組織化できるのは、次の条件が揃っているときに限られる。

  1. 戦略は、成功のために必要なすべての重要な詳細を網羅し、それに対処していかなければならない。
  2. 戦略の実行責任者は、経営幹部の意図的戦略の重要な部分をすべて理解していなければならない。
  3. 組織が集団行動を取るためには、戦略が経営トップだけでなく、全従業員にとって理にかなったものでなければならない。そうでなければ、全員が首尾一貫した適切な行動を取ることができない。
  4. 集団の意図は、外部からの政治的・技術的な力や市場動向などの予期しない影響を、極力排除しつつ果たされなければならない。

現実には、これらの条件がすべて当てはまる状況はほとんどないため、企業が実際に実行する戦略は、創発的戦略策定プロセスを通して修正されていく。
 
創発的戦略策定プロセスから生まれる「創発的戦略」

創発的戦略(創発的戦略策定プロセスを通して生まれた戦略)は、従業員が優先順位や投資などについて日常的に下す決定の積み重ねである。これらは大抵、観念的でも未来志向でも戦略的でもない人々によって日々下される戦術的な業務上の決定である。

創発的戦略は、意図的戦略策定プロセスの分析・計画段階では予見できなかった問題や機会に、マネージャーが対処することによって生まれる。創発的戦略は、意図的戦略に変えることもできる。
 
将来を予見することが難しく、何が正しい戦略かはっきりしないような状況では、創発的プロセス主導で戦略を策定することが望ましい。それまで効果のあったやり方が将来はそれほど有効ではなくなることが予想されたときにも、創発的戦略が必要になる。他方、必勝戦略が明らかになれば、今度は意図的戦略策定プロセス主導で、戦略を策定しなければならない。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第8章 戦略策定プロセスのマネジメント (1)

  • 正しい戦略が成功の鍵だとは言うが、具体的にはどういうことか。
  • 有効な戦略はどのようにして見出すのか。
  • どのような戦略策定プロセスを用いれば、必勝戦略を生み出せる可能性が高いか。
  • 新興市場の先駆者となるべきなのか、それとも市場の構造的特徴が明らかになるのを待って追随者になるべきなのか。
  • イノベーションをボトムアップで推進すべきなのは、どのような状況か。
  • いつ、なぜ、トップダウンのリーダーシップが必要になるのか。
  • 戦略策定のさまざまな側面のうち、役員が最も綿密にマネジメントすべきものは、どれなのか。

多くの新事業が、欠陥のある戦略に沿って進められる。それは新事業の経営チームが必勝計画を策定・実行するために用いる、戦略策定のプロセスに原因がある。

アイデアは、形成プロセスを経て「細部まで詰められた事業計画」と「その計画を実行する戦略」という形に姿を変える。これらが揃うことが、その計画に資金を獲得するための必要条件となる。このとき、正しい戦略を見出すことに力を入れるよりも、戦略策定に用いられるプロセスを上手にマネジメントした方が成果が出やすい。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (15)

成長機会に取り組む組織の経営者は、第一に、成功するために必要な人材やその他の資源があるかどうかを判断しなければならない。第二に、次の2つの質問に答える必要がある。

  • 組織で習慣的に用いられているプロセスは、この新しい課題にふさわしいのか?
  • 組織の価値基準は、この実行計画に必要な優先順位を与えるのか?

優良企業が、破壊的イノベーションでの成功率を高めるためには、機能別に構成された軽量級チームと重量級チームをそれぞれ適切な場合に用い、持続的イノベーションについては主流組織で商品化し、破壊的イノベーションは自律的組織に任せる必要がある。

企業は「安定企業特有の問題に取り組むために、精緻化されたマネジメント・スキルを備えた有能な人材」を活用することがある。このようなマネージャーは、新しい課題には適さない「プロセス」や「価値基準」のもとで業務を遂行しなければならない。企業は、新しい課題に合った「プロセス」や「価値基準」を持つ組織に、有能な人材を配置するようにしなければならない。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (14)

「資源 – プロセス – 側値基準」の枠組みは、買収した組織を統合するという課題に取り組む上でも役立つ。

企業は「買収」を実行することで、買収した企業の「資源」「プロセス」「価値基準」を手に入れることができる。買収に際しては、これから買収する企業の価値の源泉は何か、また企業の価値は「資源」「プロセス」「価値基準」のどこから生み出されたのかを検討する必要がある。

もし買収した企業の成功要因が「プロセス」や「価値基準」にあるならば、その会社を新しい親会社に統合してはならない。統合で吸収された企業の「プロセス」や「価値基準」の多くが消滅してしまうからだ。「プロセス」や「価値基準」が成功要因であるならば、買収した企業を独立採算性にして、その「プロセス」や「価値基準」に「資源」を注入すべきである。

買収理由が企業の「資源」であるならば、親会社への統合に意味はある。買収した人材、製品、技術、顧客を親会社のプロセスに接続することで、親会社の既存能力を活用できるからだ。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (13)

3. 新しい価値基準を作る

企業が新しい「価値基準(優先順位の判断基準)」を生み出す唯一の方法は、新しいコスト構造を持った新しい事業部門を設置することである。

組織は既存のコスト構造と比較して、より高い利益率を約束するイノベーションを優先してしまうため、自らを破壊することができない。したがって、新たな破壊的事業は、既存事業を存続する余力を十分残している間に始めなければならない。

破壊的事業は、初代製品の製造・販売においても採算が取れるように、新しいプロセスを生み出して、独自のコスト構造を構築できなければならない。新事業が主流事業のプロセスと間接費のうち、どれを受け入れ、どれを受け入れるべきでないかを判断するのは、新成長事業を構築するCEOの主な役割である。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (12)

2. 新しいプロセスを作る

新成長事業において新しいプロセスを生み出さなければならない場合には、ハーバード・ビジネス・スクール教授のキム・クラークとスティーブン・ホイールライトが提唱する「重量級チーム」が必要になる。
 
重量級チームでは、機能別組織から引き抜かれた人々が組織の壁を超えて、異なるペース、異なる組織集団で、これまで扱わなかった問題に協力して取り組むことができる。重量級チームは新しいプロセスや、協力して仕事を行うための新しい方法を生み出す手段である。これに対して、機能別に構成された「軽量級チーム」は、既存プロセスを活用する手段である。

ハーバード・ビジネス・スクール教授のキム・クラークとスティーブン・ホイールライトが定義する「重量級チーム」は次のような特徴を持つ。

  • 専任メンバーが同じ場所で働く。
  • 各チーム・メンバーの任務は、チームの「統括マネージャー」としてプロジェクト全体の成功の責任を担い、さまざまな機能別組織から集まったメンバーの意思決定や業務に積極的に関与する。
  • プロジェクトを完遂しようとして力を合わせるうちに、新しい方法で交流し、連携し、意思決定するようになる。
  • それらの活動は、そのうちに新しいプロセスや能力となって、新事業を継続的に成功させ、やがて制度化される。

メンバー間に次のような関係が成り立っている場合は

  • 互いに期待されている成果を明確に提示できる
  • 互いの成果を計測して検証することが可能である
  • 片方の行動とそれに呼応してもう一方が取らなければならない行動との間に、予測不能な相互依存関係は存在しない

彼らは一定の距離を置きながら円滑に連携できることから、同じチームに属する必要はない。この関係が成り立っていない場合は、すべての予測不能な相互依存関係を、重量級チームの中に取り込まねばならない。このとき、重量級チームの境界線(許容範囲)をモジュール型インターフェースのある場所まで広げれば、チームが業務に取り組むうちに、協力して仕事に取り組むための新しい方法が生まれ、後に「プロセス」として体系化されていく。

新製品開発の責任者間における相互作用や意志疎通や連携のパターンは、やがて製品のアーキテクチャ内で「各構成要素が相互作用するパターン(製品開発プロセス)」として定着していく。アーキテクチャが世代を越えて不変であるような状況では、こうした習慣的プロセスは、成功のために必要な相互作用を促す。だが、開発担当組織がアーキテクチャを大幅に変更しなければならない状況では、多様な人が多様な問題について多様なタイミングで相互作用する必要があるため、習慣的プロセスは成功を阻害してしまう。

重量級チームが成功するためには、メンバー全員が同じ場所で仕事をする必要がある。メンバーは機能別組織から得た専門知識をチームに持ち込むが、機能別組織の代表という訳ではない。たとえチームの行動方針がそれぞれの所属する機能別組織にとって望ましくなくても、プロジェクトを成功させるために必要なことをしなければならない。

経営幹部が、組織がそれまで直面したことのない新しい課題を重量級チームに与えれば、彼らはまったく新しいプロセスを構築することができる。重量級チームが同様の課題に繰り返し取り組んでいくと、この新しいプロセスがチームに定着し、やがて組織全体に浸透していく。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (11)

組織の中に新しい能力を生み出すには、大きく3つのポイントがある。

1. 人材層を厚くする

新成長事業の成功率を高めるには、現時点で新事業構築という挑戦に取り組む能力を備えているマネージャーに任せるのがよい。だが将来のマネージャーを育成するには、前途有望なマネージャーを、荷が重い責務や状況に放り込んで必要なスキルを学ばせる必要がある。

企業が有望な事業を生み出していなければ、社内の「経験の学校」で、次世代マネージャーを教育するための適切なカリキュラムを提供することができない。一方、有能なマネージャーを適所に配置しなければ、その成長事業を生み出す条件が整わない。このような「イノベーションのジレンマ」に人事担当役員は適切に対処しなければならない。

「経験の学校」の理論では、潜在能力を測る指標は「社員に備わっている能力」ではなく「将来起こり得る状況で必要となるスキルを獲得する能力」である。幹部候補に求められる能力は、将来放り込まれる「経験の学校」で身につけるべきことを学ぶ力である。

潜在能力の高い社員を特定するための人事考課では、「ライトスタッフ」の条件に基づく評価ではなく「学習力」を重視すべきである。例えば「進んで学習する」「意見を受け入れ、それを活かす」「適切な質問をする」「物事を新しい観点から捉える」「過ちから学ぶ」といった、新しいスキルを習得する意欲にあふれた社員を特定することを狙いとする評価だ。

仕事の適正が既に十分あると見なされた人材は、業務から学習する余地が少ない。逆に、学ぶ余地が大きい人材は、業務に活かせる経験がほとんどない。成果をもたらすために適性を持った人材を活用しつつ、さらなる能力開発が必要な有望社員に学習の機会を与えるためには、業績拡大ばかりを追求しない自制心と次世代のマネージャーを育てる先見の明が求められる。

社内の経営開発プロセスは、マネージャーのスキルと社内の「プロセス」や「価値基準」との間に、最適化された相互依存型のインターフェースを作り出すことができる。しかし、マネージャーの能力が十分でない状況では、「モジュール型」のマネージャーを外から雇って、社内の複雑で相互依存的な「資源 – プロセス – 価値基準」の体系に投入しても、うまくいかないことが多い。「ライトスタッフ」の属性を数多く備えた人を迎え入れることは、予想以上に失敗する確率が高い。

新成長事業を続けざまに立ち上げる企業は、経営者育成の好循環を作り出すことができる。成長事業を次から次へと立ち上げれば、次世代経営者に破壊的イノベーションを指揮する方法を教え込む学校が出来上がる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社

イノベーションへの解:第7章 破壊的成長能力を持つ組織とは (10)

優良企業は、破壊的なアイデアを主流市場に「押し込む」傾向にある。その結果、持続的技術の基盤で消費と対抗することを余儀なくされる。破壊的イノベーションを開発・商品化するための戦略が、主流組織という枠内で策定される以上、それ以外の帰結は期待できない。組織の「プロセス」と「価値基準」の目的が、持続的イノベーションのみを実行することにあるからだ。

現在の組織が新成長事業の構築に適しておらず、新しい能力を構築する必要があるとき、「資源 – プロセス – 価値基準」のモデルと「作るか/買うかの判断」が指針として役立つ。また作ったり買ったりできるのは「資源」だけでない。「プロセス」や「価値基準」も生み出し、購入することができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著), マイケル・ライナー (著) (2003)『イノベーションへの解:利益ある成長に向けて』翔泳社