イノベーションのジレンマ
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (13)
第8章をまとめると次の通りである。
- 変化に直面した組織を率いる経営者は、まず必要な「資源」を確保し、次に組織に成功するための「プロセス」や「価値基準」があるかどうかを検討しなければならない。
- 組織の能力そのものが、無能力の決定的要因になる。
- 組織で慣例的に使ってきたプロセスが、新しいプロジェクトに適しているかどうかを検討する。
- 組織の価値基準にもとづいて、プロジェクトに高い優先順位が与えられるかどうかを検討する。
- 能力の高い人材を、新しい仕事の成功には役立たない「プロセス」や「価値基準」の中で働かせようとすると、イノベーションが困難になる。
<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (12)
図8-1. イノベーションの条件と組織の価値基準の適合性
図8-1のA~Dエリアは、プロジェクトに必要なプロセスと価値基準に合わせて、どのようなチームを構成すればよいのかを表したものである。
[ Aエリア : 持続的技術 × 新しいプロセス × 重量級チーム ]
- プロジェクトが組織の価値基準に適合する、持続的な技術の変化に直面している状況である。
- これまでとは解決すべき問題の種類が異なるため、グループや個人の間で新しい種類の反復作業や協調が必要になる。
- 新しい仕事に取り組むには重量級チームが必要だが、プロジェクト自体は主流企業の内部で遂行できる。
[ Bエリア : 持続的技術 × 従来のプロセス × 軽量級チーム/機能的組織 ]
- 組織の既存のプロセスや価値基準に適合するプロジェクトが該当する。
- 軽量級チームや機能的組織で成功できる。
- 主流組織の中で、機能分野の境界を超えてチーム間の協調が求められる。
[ Cエリア : 破壊的技術 × 新しいプロセス × 重量級チーム ]
- 組織の既存のプロセスや価値基準とは相容れない、破壊的な技術の変化に直面している状況である。
- 自律的な組織を新設し、重量級チームに開発への取り組みを任せる必要がある。
[ Dエリア : 破壊的技術 × 従来のプロセス × 軽量級チーム/機能的組織 ]
- 主流組織と同等の商品やサービスを、はるかに間接費の低い事業モデルによって販売する必要があるようなプロジェクトが該当する。
- 既存の能力を生かすには、軽量級チームや機能的組織が適している。
<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (11)
図8-1. イノベーションの条件と組織の能力の適合性
図8-1は、既存のプロセスと価値基準に内在する能力が利用できるかどうかを整理・判断するためのフレームワークである。左の軸は、組織で現在使われている反復作業、コミュニケーション、協調、意思決定のパターンなど既存のプロセスを使って、新しい仕事をどれだけ効果的に遂行できるかを表す。右の軸は、左の軸の状況に適したチーム構造を示している。機能的組織や軽量級チームは既存の能力を生かすのに適しており、重量級チームは新しい能力を生かすのに適している。
主流事業のやり方や意思決定の方法が新しいチームの仕事では役に立たず、むしろ妨げになるような場合は「重量級チーム」が必要である。重量級チームとは、新しいプロセス、つまり連携して新しい能力を構築する新しい方法を作り出すための手段である。
重量級チームのメンバーは、単に自分たちの役割の範囲内で能力を発揮するだけでない。ゼネラル・マネージャーと同じように行動し、プロジェクトのために決定や取捨選択を行わなければならない。このようなメンバーは、通常、プロジェクトへの貢献度が高く、同じ場所で仕事をする。重量級チームのメンバーが連携してプロジェクトを遂行するうちに、新しいコミュニケーションや意思決定の方法が作られ、新しいプロセス、ひいては新しい能力を形成するようになる。事業が発展していくと、それらは慣行化して文化となる。
図8-1の横軸は、組織の価値基準から見て、新しい事業が成功するために必要な資源が割り当てられるかどうかを表す。新しい事業の適合性が低い場合は、主流組織の価値基準ではプロジェクトの優先順位は低くなる。成功するためには、開発と商業化を行う自律的な組織を設立することが求められる。
<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (10)
③ スピンアウト組織によって能力を生み出す
主流組織の価値基準が、イノベーション・プロジェクトに資源を割り当てる際の妨げになる場合は、独立した組織が必要になる。
次のような場合には、解決策としてスピンアウト組織が必要になる。
- 破壊的技術の脅威にせいで、別のコスト構造を構築して収益性や競争力を身につける必要があるとき
- 新しい市場の規模が主流組織の成長需要に対して小さすぎるとき
価値基準は優先順位を決定する際の基準であるため、企業の主流組織の価値基準に一致しないプロジェクトは、当然のように優先順位が低くなる。スピンアウト組織は通常の資源配分プロセスから独立することが重要である。そしてCEOは、新しい組織が必要な資源を確保し、新しい課題に取り組むために必要なプロセスと価値基準を自由に作れるよう指示すべきである。
<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (9)
② 新しい能力を内部で生み出す
資源を補強して既存の組織の能力を変えることは比較的簡単だが、資源を基本的に変化のないプロセスに当てはめても、ほとんど変化は起きない。資源には柔軟性があり、さまざまな状況で利用できるが、プロセスと価値基準には本来、柔軟性がない。プロセスはもともと、同じことを同じように繰り返すために存在するものである。
組織の基本的な能力は、プロセスと価値基準にある。プロセスと価値基準は、どのように資源を組み合わせて価値を生みだすかを決めるものであり、資源の多くは購入や売却、雇用や解雇ができるものである。
プロセスを変えることは次の理由により難しい。
- 現在のプロセスが機能しやすいように組織に境界が設定されている場合が多く、境界を超えた新しいプロセスの作成を妨げることがある。
- 経営者は既存のプロセスを捨てられない。
新しい課題のために、慣例とは異なるやり方で人びとが対話し、従来とは異なるタイミングで異なる課題に取り組まねばならない場合、経営者は既存の組織から対象となる人材を引き抜き、新しいグループの周囲に新しい境界線を引く必要がある。新しいチームの境界を設定することで、新しい共同作業のパターンが生まれ、そこから新しいプロセスが形成され、インプットをアウトプットに変える新しい能力が形成される。このチームのことを「重量級チーム」と呼ぶ。
破壊的変化の予兆が見え始めたら、/者はそれが主流事業に影響を及ぼす前に、変化に対応する能力を備えておく必要がある。つまり、既存の事業モデルに合ったプロセスを持つ古い組織が、抜本的な変化を必要とする危機的状況に直面する前に、新しい課題に取り組む組織が必要になる。
プロセスは目的ごとに異なるため、一つのプロセスで根本的に異なることを行おうとしても無理である。既存の市場で新製品を発売するのに適した市場調査と計画のプロセスでは、新しくて輪郭のはっきりしない市場へと企業を導くことはできない。
一つの組織部門が、全く異なる対極的なプロセスを採用することは非常に難しい。経営者は別のチームを新設し、その中で新しい問題に取り組む別のプロセスを決定したり、調整できるようにする必要がある。
<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (8)
① 買収による能力の獲得
買収を行う場合、経営者は次のことを自問する必要がある。
- これほどの対価を支払って生みだされる価値とはどのようなものなのか。
- 人材、製品、技術、市場での地位などの資源が必要だから支払うのか。
- この会社が顧客を理解し、満足を得て、短期間で新しい製品やサービスを開発、製造、販売してきた背景にある独自の仕事の方法(プロセス)や意思決定の方法(価値基準)に価値はあるのか。
買収した企業がその「プロセス」や「価値基準」によって過去の成功を築いてきたのなら、子会社として独立性を保ち、親会社は子会社のプロセスと価値基準へ資源を投入する戦略をとった方がよい。統合すると、子会社の経営幹部は親会社の仕事のやり方を踏襲しなければならなない。イノベーションを提案しても親会社の判断基準に従って評価されるため、買収された会社のプロセスや価値基準の多くが失われてしまうからである。
買収の主な理由が「資源」にある場合は、子会社を親会社に統合することに意味がある。獲得した人材、製品、技術、顧客を親会社のプロセスに取り込み、親会社の既存の能力に生かすことができる。
<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (7)
プロセスや価値基準には資源ほどの柔軟性はない。組織が利益率の高い商品を優先するときの価値基準において、利益率の低い商品が優先されることはない。
経営者は、組織の能力が新しい仕事に適していないと判断した場合、次の3つの選択肢に向き合うことになる。
- ① 買収による能力の獲得
新しい仕事に適したプロセスと価値基準を持った別の組織を買収する。 - ② 新しい能力を内部で生み出す
現在の組織のプロセスと価値基準を変えようと試みる。 - ③ スピンアウト組織によって能力を生み出す
独立した別組織を新設し、その中で新しい問題を解決するために必要な新しいプロセスと価値基準を育てる。
<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (6)
組織が設立されたばかりのときは、組織の資源である人材に依存するが、時が経つにつれて、組織の能力の中心はプロセスや価値基準へと移っていく。従業員が協調して反復作業に対応すると、プロセスが明確になる。さらに事業モデルが形成され、どのような事業の優先順位が最も高いかが明らかになってくると、価値の基準が生まれる。
企業のプロセスや価値基準が形成される段階では、企業の創業者の行動や姿勢が大きな影響力を持つ。創業者のやり方が有効であれば、従業員は創業者の問題解決方法や意思決定基準の正しさを経験する。そのやり方をうまく利用し、連携して反復作業に対処していくうちに、プロセスが確立していく。同様に、創業者の決めた優先順位に従って資源配分を決定し、商業的に成功すれば、企業の価値基準が形成される。
企業が成熟すると、従業員は徐々にそれまで受け入れてきた優先順位や意思決定の方法が正しい仕事のやり方だと考えるようになる。組織メンバーの思い込みによって仕事の方法や意思決定の基準を受け入れるようになると、そのようなプロセスや価値基準が、組織の「文化」を形成するようになる。組織文化があれば、従業員は自主的に一貫した行動をとるようになる。
組織の能力を定義する中心的要因は、時間とともに、資源から認知しやすい意識的なプロセスや価値基準へ、さらに組織文化へと移行していく。組織の能力が人材(資源)からプロセスや価値基準へ移行し、さらにそれが文化のなかに組み込まれると、変化は極めて難しくなる。
<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社
イノベーションのジレンマ:第8章 組織にできること、できないことを評価する方法 (5)
ディスク・ドライブ業界の歴史においては、116種の新技術のうち111種が持続的技術、5種が破壊的技術であった。当時業界をリードしていた企業が破壊的技術を用いて成功した例は、一社もなかった。持続的技術と破壊的技術で、なぜこれほど成功率に差が出るのだろうか。
破壊的イノベーションは断続的に発生するため、それらに対処する慣例的な「プロセス」を持っている企業など存在しない。さらに、破壊的製品は1個あたりの利益率が低く、最上層の顧客には使われないため、優良企業の「価値基準」には合わない。大手ディスク・ドライブ・メーカーには、持続的技術でも破壊的技術でも成功できるだけの「資源」、すなわち人材・資金・技術があった。しかし、そのプロセスと価値基準が、破壊的技術で成功する上で無能力であった。
新興市場を追求する能力は、小規模な破壊的企業の方が優れているため、大企業はそのような市場を放棄することが多い。小規模企業には資源が不足しているが、小規模な市場を受け入れる価値基準があり、低い利益率に対応できるコスト構造がある。アバウトな市場調査と資源配分プロセスをもとに、経営者が直観的に事業を進めることができる。
変化や革新に直面したときに経営者が対処すべきことは、発生している問題に適切な資源を配分することだけではない。その資源が投下される組織そのものに、成功する能力を持たせなければならない。また組織のプロセスや価値基準が問題解決にふさわしいものかどうかを確認しなければならない。
<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社