ジレンマ 第9章

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (6)

図9-4. 競争基盤の変化のマネジメント
図9-2. 競争基盤の変化のマネジメント

 
図9-2は「性能の供給過剰」のモデルである。市場が求める性能向上の軌跡の方が、技術者が供給する性能向上より傾斜がゆるやかな、複数の層になった市場を図式化している。

図9-2では、市場の各層が『性能 → 信頼性 → 利便性 → 価格』という、製品の選択基準の移行が起きるサイクルの中を進んでいる。この中で、競争基盤の変化や製品ライフサイクルの進化の兆しとなる製品が破壊的技術である。

さらに図9-2は、性能の供給過剰に直面した企業が採り得る3つの戦略を表している。その3つの戦略は、業界の競争の性質を変える可能性を持つ破壊的アプローチである。

  • 戦略1 ハイエンドの顧客に向けて上位市場へ進む
    持続的技術の軌跡に沿ってさらに上層の市場へと移動し、単純、便利、または低コストの破壊的アプローチが出現したら、低い層の顧客をあきらめる。
  • 戦略2 顧客に合わせる
    いずれかの層の市場で顧客のニーズに合わせてゆっくりと進化し、幾度かの競争基盤の変化の波にうまく乗る。
  • 戦略3 機能に対する市場の需要を変化させる
    市場の軌跡の傾斜を急にするマーケティング計画を採用し、技術が供給する性能の向上を、顧客が求めるようにしむける。

3つの戦略のいずれも、意識的に追求すれば成功する可能性がある。成功した企業は、明確に意識しているにせよ、直感にせよ「顧客の需要の軌跡」と「自社の技術者の供給の軌跡」の両方を理解している点で共通している。

しかし、一貫してこのような戦略をとってきた企業の数は極めて少ない。優良企業のほとんどは、無意識のうちにハイエンド市場へと移動し、競争基盤の変化に足をとられ、破壊的技術による下からの突き上げを食らっている。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (5)

① 破壊的技術の弱みは強みでもある

「性能の供給過剰」「製品のライフサイクル」「破壊的技術の出現」が相互に影響し合う中では、主流市場で破壊的技術を役に立たたないものとしている特性が、新しい市場で価値を生むことが多い。

破壊的イノベーションで成功する企業は、最初にその技術の性質や機能を当然のものと捉え、それらの特性を評価し受け入れる新しい市場を見つけるか、開拓しようとする。一方、破壊的技術に追い落とされた企業は、確立された市場のニーズを当然のものと受けとめ、その技術が主流市場でも十分評価されると思えるまで破壊的技術を販売しない。それは、持続的技術に適した考え方を破壊的技術にも当てはめるからである。

優良企業が破壊的技術に直面したとき、開発における最大の課題は「技術」であり、既存の市場に合うように破壊的技術を改良することだと考えがちである。一方、破壊的技術の商品化に成功した企業は、開発における最大の課題は「マーケティング」であり、製品の破壊的な特性が有利になる次元で競争が発生する市場を開拓するか、見つけることだと考える。

破壊的技術を研究室で温め、主流市場に適したものになるまで育てようとする企業は、破壊的技術の特性を当初の状態のまま受け入れる市場を見つける企業のようには成功しない。
 
② 破壊的技術は確立された技術より単純、低価格、高信頼性、便利

性能の供給過剰が起こり、破壊的技術が主流市場を下から攻撃するようになると、破壊的技術は「機能」に対する市場の需要を満たす。さらに主流製品より単純、低価格で、信頼性が高く、便利であるがゆえに、成功する場合が多い。

優良企業は高性能、高収益の製品と市場を追い求める傾向があるため、最初の破壊的製品に余計な機能を付けないことに抵抗感がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (4)

破壊的技術には、製品のライフサイクルと競争力学に対して常に影響を与える、重要な性質がさらに2つある。

  • ① 破壊的技術の弱みは強みでもある
    主流市場において「破壊的製品を価値のないものとする特性」が、新しい市場では「強力なセールスポイント」になることが多い。
  • ② 破壊的技術は確立された技術より単純、低価格、高信頼性、便利
    破壊的製品は、確立された製品に比べて「シンプル」「低価格」「信頼性が高い」「便利」といった特長を備えていることが多い。

マネージャーは、これらの特性を理解した上で、破壊的製品の設計、開発、販売における独自の戦略を効果的に計画する必要がある。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (3)

性能の供給過剰は「製品のサイクルを次の段階への移行を促す重要な要因」であり、「購買階層のある段階から別の段階への移行を促す要因」でもある。そのことを示す2つのマーケティング・モデルを紹介する。

  1. ウィンダミア・アソシエーツの「購買階層」
    (1)機能、(2)信頼性、(3)利便性、(4)価格の4段階で構成される製品サイクル

    • (1) 機能
      機能に対する市場の需要を満たす製品がない状況では、競争の基盤、つまり製品の選択基準は製品の『機能』になりやすい。
    • (2) 信頼性
      機能に対する市場需要を十分に満たす製品が複数現れると、「顧客信頼性に対する市場の需要」が「メーカーが供給できる信頼性」を上回る間は、顧客は『信頼性』を基準に製品を選択し、最も信頼性の高い製品のメーカーがプレミアムを稼ぐ。
    • (3) 利便性
      複数のメーカーが「市場が求める信頼性」を満たすまで改良を進めると、競争の基盤は『利便性』へと移り、顧客は最も使いやすい製品と最も取引しやすいメーカーを選択するようになる。「市場の需要」が「メーカーが供給できる利便性」を上回っている間は、顧客は利便性を基準に製品を選択し、メーカーはそれに対して価格プレミアムを受ける。
    • (4) 価格
      最後に複数のメーカーが、市場の需要を十分に満たす便利な製品やサービスを提供するようになると、競争の基盤は『価格』へと移る。

     

  2. ジェフリー・ムーアの「クロッシング・ザ・カズム(キャズム理論)」
    (1)イノベーター、(2)アーリーアダプター、(3)アーリーマジョリティー、(4)レイトマジョリティー、(5)ラガードの5つの客層で構成されるテクノロジー導入ライフサイクル

    • (1) イノベーター
      製品はまず、製品を機能だけで選択する顧客である『イノベーター』によって使われる。この段階では、最も高性能な製品が大きな価格プレミアムを得る。
    • (2) アーリーアダプター
      次に『アーリーアダプター』という顧客が製品を購入するようになり、主流市場の機能に対する需要が満たされると、市場は大幅に拡大する。

    • (3) アーリーマジョリティー
      市場の拡大に伴い、メーカーは『アーリーマジョリティー』という顧客の間に生じる信頼性に対する需要に対応しようとする。
    • (4) レイトマジョリティー
      製品とメーカーの信頼性の問題が解決されると、第三の成長の波がおとずれ、イノベーションと競争の基盤は利便性へと移り『レイトマジョリティー』という顧客を引き込む。

    • (5) ラガード
      ある次元の性能に対する市場の需要が飽和状態に達するまで、技術は進化することができる。イノベーションが一般化すると『ラガード』という顧客がようやく製品を採用する。

『機能』『信頼性』『利便性』『価格』という競争基盤の進化のパターンは、多くの市場に見られる。そして、破壊的技術の登場は競争基盤の変化の兆しである。

「性能の供給」が「市場の需要」を超えると、それが差別化した製品であっても市場は価格プレミアムを支払わない。市場の需要を超えた性能を持つ製品は、市況商品のように価格が決定されるようになり、競争の基盤を変える破壊的製品がプレミアムを獲得することができる。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (2)

図9-1. 競争基盤の変化
図9-1. 競争基盤の変化

 
性能の供給過剰が起きると、競争の基盤に変化が起きる。ある性能に対する需要が飽和状態になると、まだ市場の需要を満たしていない他の性能指標が重視される。

一般に、ある特性に対して求められる性能レベルが達成されると、特性がさらに向上しても顧客は価格プレミアムを払おうとしなくなる。それは市場が飽和状態に達したことを表す。このように性能の供給過剰は競争基盤を変化させ、顧客が複数の製品を比較して選択する際の基準が、まだ市場の需要が満たされていない特性へと移る。

図9-1のように競争基盤が繰り返し変化し、完全に差別化の要素がなくなる(複数の製品がすべての性能指標に対する市場の需要を満たす)と、製品は市況商品(需給関係に応じて価格が変化する商品)になる。製品の特徴と機能が市場の需要を超えてしまうと、特徴や機能の違いは意味を失う。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社

イノベーションのジレンマ:第9章 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル (1)

性能の供給過剰が発生すると、破壊的技術が出現し、確立された市場を下から侵食する可能性が出てくる。性能の供給過剰は、破壊的技術の脅威や機会を生み出すため、その製品市場の競争基盤に根本的な変化をもたらすきっかけにもなる。

顧客がある製品・サービスを、他の製品・サービスと比較し選択するときに、順位を決める基準が変わる。このとき製品のライフサイクルが、ある段階から次の段階へ移行する兆しが現れる。供給される性能と求められる性能の軌跡が交差すると、製品のライフサイクルの段階が根本的に移り変わるきっかけになる。

第9章では、ディスク・ドライブ業界の分析をもとに、性能の供給が市場の需要を超えたときに何が起きるかについて述べる。また「会計ソフト」と「糖尿病治療製品」の市場における製品のライフサイクルについても考える。
 

<参考文献>
クレイトン・クリステンセン (著) (2001)『イノベーションのジレンマ 増補改訂版:技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社