イノベーションの最終解

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (5)

イノベーターは、成長過程の節目ふしめでイノベーションに必要なものを与えるような価値基準を持っていなければならない。破壊的イノベーションを推進する企業は「成長は気長に、利益は性急に」求めるべきである。

綿密な定量分析や市場予測を要求する投資家は「一見すると性能の限られた製品を測定できない市場に投入している企業」を退けてしまうかもしれない。そのような投資家は、意図的戦略を実行することを企業に強要し、創発的要因を認めようとしない。さらにファンドが成長して規模が拡大すれば、企業に対して一気に成長せよという圧力をますますかけるようになる。

破壊的イノベーションは、時間をかけてじっくり成長、熟成させるものである。破壊的イノベーションを推進する企業は、投資家がどのような価値基準を持っているかを見極める必要がある。

投資家の価値基準を見極めるには、企業に資金を提供している事業体のニーズを分析するとよい。例えば次のような点である。

  • その事業体は、利益を性急に、成長を気長に求めるような状況にあるのか
  • その事業体は、破壊的なベンチャー企業に一気に成長するよう圧力をかけなければならない状況にあるのか?
  • 投資家の価値基準と、資金を求める企業のニーズはマッチしているだろうか?

資金調達では、次のような要因が重要となる。

  1. 投資家と企業の関係
    • 投資対象企業と距離を置いた関係にある投資家は、企業がなんらかの波乱に見舞われると、出資をやめることが多い。
    • あらかじめ企業の方向性が変化することがわかっている場合は、そうした変化を許容できる投資家であるかどうかを確かめておくべきである。
  2. 調達する資金の額
    • 巨額資金の提供者すべてに見返りを与えるために、急速に成長しなければならなくなり、結果として企業を破壊の軌道に乗せてくれる、小規模で収益性の高い事業機会を退けてしまう可能性がある。
    • また、あまりにも潤沢な資金があると、成功の見込みのない戦略にいつまでもこだわることになりかねない。

破壊的イノベーションのための資金調達では、次の点を注意しよう。

  • 企業は、製品を開発して初期市場に投入するための資本を、大きく超える額まで調達すべきでない。
  • 「速く大きく成長する」ことを求める資金が望ましいのは、企業が適切な顧客を見つけ、収益性の高いビジネスモデルを開発した後である。
  • (節度のある範囲内で)ビジネスの実験を奨励し、大規模な市場への進出を無理強いしない投資家を見つけるとよい。
  • 企業が少額投資と学習をくり返すことを通じて、有効な戦略とビジネスモデルを開発するように仕向ける投資家を探すとよい。

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (4)

モーガン・マッコー教授の提唱する「経験の学校」の理論によれば、経営者は生まれながらにしてなるのではなく、経験によってつくられる。将来取り組まなければならない課題を過去に取り組んだことがある「経験の学校」に通った人材は、成功する見込みが高い。

着目点さえ正しければ、経営幹部の経歴は課題に取り組む重要な手がかりとなる。企業が将来直面するであろう難問をリストアップして、経営者が過去に似たような課題に取り組んだことがあるかどうかを確かめるとよい。

破壊的企業の経営者は、次に挙げる経験の学校の「講座」を、少なくともいくつか受講していることが望ましい。

  • 不確実性のきわめて高い環境で事業を行ったことがある。
  • 一見得られそうにない情報を掘り起こすための計画を立案したことがある。
  • 試行錯誤の末に、製品・サービスを利用できる、思いもよらない顧客を発掘したことがある。
  • 詳細なデータだけに頼らず、理論と直感をもとに決定を下したことがある。
  • 臨機応変な対応により、それほど資金を使わずに問題を解決したことがある。
  • 企業の課題にふさわしいスキルを備えた経営チームを、ゼロから立ち上げたことがある。
  • やるべきことを速くやるために、社内の特定のプロセスを阻止、活用、あるいは操作したことがある。

上記のいくつかに取り組んだことのある経営幹部は、破壊的イノベーションの推進を先導するのにふさわしい。ただし、意図的戦略が必要な状況では、経営幹部は創発的戦略とは別の経験の学校に通っていなければならない。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (3)

経営者はトップダウンで意図的に戦略を指示することもできれば、ボトムアップで創発的に湧き上がってくる戦略を採用することもできる。企業は創発的な戦略を生み出す力を促すことで、適切なターゲット市場を発見しやすくなる。市場がどのように進化していくかはわからないが、創発的な戦略プロセスを用いれば、市場のシグナルを読み取り、それに合わせて戦略的行動を調整していける。

経営幹部に聞き取りを行ったり、企業の行動を観察したりすれば、企業が創発的戦略のプロセスを採用しているかどうかがわかる。次のような点に注視しよう。

  • 企業は思い込みから行動するのではなく、学習し適応できるような事業体制を構築しているか?
    • 大規模な先行投資を行う企業は、固定費を賄うために大口顧客や量販市場の顧客を獲得せざるを得ないことが多い。
    • 先行投資を少額に留めておけば、柔軟な対応が可能になる。
    • 製品アーキテクチャが柔軟に構成可能なら、創発的要因に適応しやすい。

  • 企業は「わかっていないこと」を認識し、未知を既知に変える手順を持っているか?
    • 経営者は「もしXとYが起これば、5年以内に10億ドル規模の市場が生まれるでしょう。XとYが起こる確率は、次の方法で検証します」というように発言すべきである。
    • 企業はある程度まとまった金額を投資した後、前進がはっきり目に見えるまでは、追加投資を控えるべきである。
    • 調査の行き届いた、入念に準備された事業計画を持ち、不透明な状況での予測を信じ込んでいる企業は怪しむべきである。
    • 市場から明確なシグナルが得られ、勝つために必要な戦略が明らかになれば、創発的戦略から意図的戦略に転換すべきである。
    • 意図的戦略は持続的イノベーションを推進する大企業には、非常に有効である。

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (2)

誤った準備計画のせいで、誤った「足がかりとなる市場」から参入する新興企業は、瞬く間に非対称性の不利な方へと追いやられる。それを防ぐには、企業が適切な戦略策定プロセスを用い、適切な人材を採用し、適切な資金源から資金を調達することによって、正しい足がかり市場を探しやすい条件を整えているかどうかを評価する方法を知る必要がある。

企業の準備計画において、重要な要素、選択すべき手段、そして企業が実際にその手段を実行していることを示すシグナルをまとめると、表3-1となる。

表3-1. 準備計画の分析方法
要素 手段 シグナル
戦略策定 不確実な状況では、創発的な力を活用して、適切な市場/ ビジネスモデルを探す
  • 固定費の低いコスト構造は、柔軟な対応を可能にする
  • 市場のシグナルに適応しようとした実績
  • 思い込みよりも実験を重視する事業計画
人材採用 企業が今後直面しそうな状況の「経験の学校」に適した人材
  • 新しいベンチャ一企業が直面するであろう問題と似たような諜題に、以前の職務で取り組んだことのある人材
資金源 不確実な状況では成長を気長に、利益を性急に求めるような投資家が必要になる
  • 投資家の価値基準(急成長を必要としているか)
  • 企業と投資家の関係

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第3章 戦略的選択 ー 重要な選択を見極める (1)

[ 第3章のテーマ ]

  • 破壊は避けられるだろうか?
  • 新規参入企業が下さなければならない、重要な決定とはどのようなものだろうか?
  • どのような市場を最初にターゲットにすべきなのか?
  • どのような組織を設計すべきか?
  • こうした決定は、どのような力に左右されるのだろう?
  • 外部者がそうした力を観察する方法はあるだろうか?
  • 既存企業はどのような対処戦略をとれば、新規参入企業の破壊的攻撃をかわせるだろうか?
  • こうした対処戦略が成功する見込みを、どのようにすれば評価できるのか?

イノベーションの理論を用いて業界の変化を分析する方法の第三段階は、企業が下すべき重要な選択を洗い出し、そうした選択がもたらす影響を理解することである。新規参入企業がどのような「準備計画」を立て、どのようなバリューネットワークを選択したかを検証し、既存企業が「破壊のブラックベルト」を得たかどうかを検証すれば、「企業が下す決定は、その企業が最終的に成功する見込みを高めるのか、それとも低めるのか?」という質問に答えることができる。

企業の戦略的選択に関して把握すべきことをまとめると図3-1となる。


図3-1. 戦略的選択

 

同じイノベーションを、破壊的イノベーションとして活用するか持続的イノベーションとして活用するかは、経営判断による。企業による選択が成否を分け、それ次第では優位性を生み出すことも、相手の優位性に対抗することもできる。

業界の自然な進化の過程に変化を起こし得る要因は大きく3つ考えられる。

  1. 新規参入企業が誤った準備計画を実行する
    • 準備計画とは、企業の人材採用、戦略策定プロセス、資金源に関するさまざまな意思決定のことである。
    • 誤った決定による初期条件のせいで、新規参入企業は誤った市場に足がかりを築こうとする場合がある。
  2. 新規参入企業が既存企業と重複するバリューネットワークを構築し、既存企業が取り込みを行いやすい道筋をつくってしまう
    • バリューネットワークとは、上流のサプライヤーや下流の販路、その他の補助的な企業の集まりのことである。
    • 新規参入企業は、既存企業のバリューネットワークの中で競争するという選択を下すと、既存企業の価値基準への同調を求める圧力にさらされ、新規参入企業に何より必要な非対称性を失ってしまう。
  3. 既存企業が破壊のブラックベルトを得て、自らに働く力を有利に活用する能力を身につける
    • 破壊的イノベーションの理論を理解すれば、企業も破壊をマスターすることができる。

豊富な資源と確立したプロセスを活用できる既存企業は、上記3つのうちのどの要因が選択されても、形勢を有利に逆転させることができる。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第2章 競争のバトル ー 競合企業の経営状況を把握する(11)

イノベーションの理論を用いて業界の変化を分析する方法の第二段階は、競争のバトルを評価することである。

競争のバトルには次のような特徴が見られる。

  • 「他の企業がやりたくないこと、またはできないことを行う」という非対称性に牽引されて、企業は自然に破壊的イノベーションへと導かれる。
  • 新規参入企業は、無消費者や過剰満足の顧客を狙う新しい方法を生み出し、非対称な動機づけという盾に守られながら、新しい成長を生み出す。
  • 既存企業は反撃する意欲を持たず、逃走を選ぶ傾向がある。
  • 新規参入企業は成長するうちに独自の製品・サービスを提供するための独自のスキルを身につけ、非対称なスキルという剣を持つようになる。
  • 既存企業が反撃する気になったときには、すでに手遅れである。

競争のバトルの評価には大きく2つのポイントがある。

  1. 競合企業の強みと弱みを評価する
    • 資源(企業が持っているもの)、プロセス(企業が仕事をする方法)、価値基準(企業のやりたいこと)を分析すると、企業を評価することができる。
    • 競合企業の経営状況を把握することで、強みと弱み、能力と動機づけを見極めることができる。
  2. 競争バトルを分析する
    • 業界のプレーヤーのビジネスモデル、動機づけ、スキルはどのようなものか?
    • 業界のプレーヤーはどのような違いを持っているか?
    • 市場のニーズを満たす方法に違いはあるか?
    • 対称性、非対称性はそれぞれどこにあるか?
    • 非対称性は、攻撃側の企業と既存企業のどちらに有利に働いているか?
    • イノベーションはターゲット市場に自然に馴染むものか?
    • 詰め込みの兆候は見られないか?
    • 企業がローエンド市場から撤退し、上位市場に向かおうとしている兆候はあるか?
    • 向かうべき上位市場は残っているか?
    • 向かうべき上位市場にいられるのは、あとどれくらいの時間か?

     

    <参考文献>
    クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第2章 競争のバトル ー 競合企業の経営状況を把握する(10)

企業は特定の資源・プロセス・価値基準(RPV:Resource – Process – Value)をもっているせいで、特定のフィルターを通してイノベーションを見るようになる。異なるRPVを持つ企業は、同じイノベーションを見ても、それぞれの目にはまったく違うものが映っている。したがって、破壊的イノベーションの「破壊性」は、相対的な概念と言える。

企業は破壊的イノベーションの足がかりを築くと、その後のイノベーションによって、独自の性能向上曲線をのぼっていく。こうした破壊的イノベーション後の追加的なイノベーションは次のようにとらえることができる。

  • 破壊的新規参入企業にとって「持続的イノベーション」となる
  • 既存企業にとって「破壊的イノベーション」となる

このような破壊的イノベーションの相対性は「企業は持続的イノベーションなくしては、破壊的イノベーションを推進できない」という原理に帰結する。破壊的新規参入企業は、破壊的イノベーションによって市場を切り開き、追加的なイノベーションを通してさらに大きな顧客集団のニーズを満足させる製品・サービスを提供できるようになる。その結果、既存企業との競争環境が整い、破壊的イノベーションを成功させる。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第2章 競争のバトル ー 競合企業の経営状況を把握する(9)

新規参入企業は、既存企業が破壊的イノベーションの取り込みに魅力を感じないようにしなければならない。さもないと、既存企業の動機づけは、必然的に「逃走」から「反撃」に転じてしまう。勝利への動機づけが同等であるならば、新規参入企業と既存企業との直接対決では、既存企業が圧倒的に有利である。

「既存企業による破壊的イノベーションの取り込み」の特徴は次の通りである。

  • 既存企業が新規参入企業と似た製品・サービスの開発に取り組んだり、破壊的新規参入企業を買収、統合しようとするのは、既存企業による取り込みを示すシグナルである。
  • ビジネスモデルやプロセスに非対称性が存在しない状況では、既存企業にとって取り込みは有効な戦略となる。
  • 既存企業は新規顧客に訴求するように既存の製品・サービスを強化して、破壊的イノベーションを取り込む必要がある。
  • 成長志向型の取り込みは、早い時期に開始する必要があり、かつ新規参入企業の中核顧客をターゲットにしなければならない。
  • 防衛型の取り込みは、技術開発の終盤段階に入ってからが多い。それは、既存企業が市場の最も厚い階層で競争に敗れたことに気づき、新規参入企業の上位市場への参入を食い止めようとするからである。
  • 企業のターゲット顧客や公式発表に注目すれば、その企業が成長志向型の取り込みと防衛型の取り込みのどちらを推進しているのかがわかる。例えば、既存企業が破壊的新規参入企業の主要市場を戦略的に優先すると発表したら、それは成長志向型の取り込みのシグナルである。
  • ビジネスの成功に必要なスキルや動機づけを既存企業が持っていなければ、取り込みは成功しない。持っていれば、既存企業はいつか必ず技術を習得して、新規参入企業者を阻止するか、飲み込むだろう。

既存企業は、破壊的新規参入企業に攻撃されそうなとき、(1)市場を明け渡す、(2)成長型の取り込みを試みる、(3)防衛型の取り込みを試みる、の中からいずれかの行動をとる。その特徴をまとめると表2-3となる。

表2-3. 既存企業の戦略を特定する方法
戦略 定義 シグナル
(1) 撤退 既存企業が新規参入参入企業に市場を明け渡すこと
  • 企業が中核顧客への回帰を発表する
  • 市場の下位層を明け渡す
  • ローエンド向け製品を廃止する計画を立てる
(2) 取り込み 既存企業が社内の資源を用いて攻撃に反撃しようとすること
  • 企挙が破壊的イノベーションを構築または買収する
 (2.1) 成長志向型 既存企業が新規参入企業の市場をターゲットにする
  • 既存企業が中核製品に手を加えて新規参入企業の市場をターゲットにする
  • 既存企業が新規参入企業の市場を戦略的に優先すると発表する
 (2.2) 防衛型 既存企業が既存顧客の周りに防衛を築き、参入を防ごうとする
  • 既存企業が既存の顧客基盤のローエンドに新製品を投入する
  • 新規参入企業の市場を優先しないと発表する

 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第2章 競争のバトル ー 競合企業の経営状況を把握する(8)

3. 非常に有望な破壊的イノベーションが期待はずれに終わり、熾烈な競争または既存企業の参入を招いてしまう状況を、どのようにして見分けるのか

破壊的新規参入企業が成功するように見えて、最終的には既存企業が勝利するような状況が存在する。非対称性を理解すれば、こうした状況を見極めることができる。次のような状況下では、急成長段階の後に、熾烈な競争のバトルが起こると予想される。

  • 業界環境のせいで、既存企業にとって「逃走」が受け入れがたい選択肢になるような場合
  • 新規参入企業が早い段階で差別化を実現するようなビジネスモデルやスキルを開発できず、その結果既存企業にとって「取り込み」が当然の選択になる場合

上位市場への逃走が、既存企業にとって自然な選択になるのは、ハイエンドに十分な規模の魅力的な市場が存在する場合に限られる。次のような状況では逃走できないことがある。

  • 企業が満たされない顧客のいる次の上位層に進出する能力をもたない場合
  • 満たされない顧客が存在しない場合
  • 既存企業がコスト構造やビジネスモデルのせいでローエンドから離れられない場合

既存企業が逃走できず、早い段階から反撃することを選択すると、新規参入企業は「非対称な動機づけ」という盾に後ろに隠れられず、非対称なスキルを磨く時間がなくなる。その結果、既存企業と新規参入企業の間で、市場シェアをめぐる熾烈な戦いが勃発するだろう。

破壊的新規参入企業が既存企業と同じような方法で利益を上げているか、よく似たプロセスを持っていると、既存企業は新規参入企業に反撃する強い動機づけを持つようになる。したがって既存企業が魅力を感じないビジネスモデルを開発できなければ、あるいは破壊的事業に見合った独自のスキルを磨けなければ、新規参入企業は既存企業に反撃の隙を与えてしまう。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社

イノベーションの最終解:第2章 競争のバトル ー 競合企業の経営状況を把握する(7)

2. 非対称な動機づけという「盾」と、非対称なスキルという「剣」を持った企業をどのように見分けるのか

無消費者や過剰満足の顧客を獲得するための新しい方法を生み出す新規参入企業は、既存企業から干渉を受けないまま新しい市場を創出するか、市場の低位層に参入してまったく異なるスキルやビジネスモデルを開発する可能性がある。

表2-2は、競争の勝者と敗者を見分ける、2種類の非対称性を特定する方法をまとめたものである。

表2-2. 動機づけとスキルの非対称性を特定する方法
何に注目するか 定義 シグナル
非対称な動機づけ ある企業が、別の企業がやりたがらないことをやっている(反撃から身を守るになる)
  • 企業の規模と比較した市場の規模
  • ターゲット顧客
  • 既存のビジネスモデルとかけ断れたビジネスモデル
非対称なスキル ある企業が、別の企業にできないことをやっている(攻撃に使うになる)
  • 成功するために必要なプロセスと既存のプロセスの不一致

非対称な動機づけを生み出す要因は3つあり、そのすべてが企業の価値基準と関わりがある。

  1. 事業機会の絶対的な規模
    • 大企業が感じる成長機会は、新興企業にとっての成長機会とはまったく異なる。
  2. 事業機会において当初ターゲットとされる顧客
    • 破壊的イノベーションは、既存企業にとって望ましくない顧客や、存在しないも同然の顧客から始まる。
    • 新規参入企業は、既存企業が相手にしたくない顧客を獲得する動機づけを持っている。
  3. 事業機会のビジネスモデル
    • 破壊的新規参入企業は、既存企業が利益を上げる方法とは異なるビジネスモデルを用いる。
    • 破壊的新規参入企業のビジネスモデルは、粗利益率は低いが資産回転率(資産活用の効率性)は高い傾向にある。

2つの企業が、それぞれ理に適ってはいるが全くまったく異なる行動をとっているとき、非対称性が存在する。企業が儲からないと思う業界を、別の企業が重要な業界と呼ぶときにも非対称性が働いている。新規参入企業が開拓した新興成長市場を、既存企業が戦略的な優先事項と位置付けるのは、非対称性の不在を示す兆候であることが多い。

非対称なスキルは、企業が他社を攻撃するときの武器になる。ある企業が強みを持っている市場で、別の企業が持つ能力が弱みになるのであれば、そこにはスキルの非対称性が存在する。スキルの非対称性が生じるのは、企業が同じ課題をくり返して形作ったプロセスを通して、競合企業には真似できない独自能力を開発したときである。
 

<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社