政府の影響を予想する上で理解しなければならない3つの原則は次の通りである。
原則1:適切な動機づけを持たせるのは難しい
政府によって企業に適切な動機づけを持たせるのは難しい。政府は「市場が最適に機能していない」というシグナルを「市場が機能していないのは、別のところに根本原因がある」というノイズと取り違える。また仮に政府が根本原因を特定できたとしても、それに対処するのは難しい。
政府は、市場に新規参入する企業が不足していることに対処するために、潜在的競合企業の動機づけを高めようと施策を講じる。このような競争不足の状況においては次のことが言える。
- 既存の規制の枠組み、または何らかの外部性が市場の不均衡を招いているときであれば、「市場が機能不全に陥っていてイノベーションの自然なプロセスが阻害されていることを示すシグナル」として解釈してよい。
- 専門的企業の新規参入を阻害している根本原因が、業界の基本的な経済性にあるか、または相互に依存的なシステムにあるときは「ノイズ」として解釈すべきである。
シグナルに対処するための措置が、動機づけをもたらすことはある。しかし、ノイズに反応してしまったり、根本原因への対応を間違ったりすると「見せかけの動機づけ」をもたらしてしまう。「本物の動機づけ」が競争の激しい市場で利益を上げる機会から生まれるのに対して、「見せかけの動機づけ」は補助金や助成金といった金銭的インセンティブが与えられることで生まれる。
政府と投資家が有望なビジネスモデルやイノベーションを辛抱強く支援するスタミナを持っていれば「見せかけの動機づけ」を「本物の動機づけ」に変えることはできる。
原則2:法律に基づく能力が、技術的能力や業務能力をもたらすとは限らない
企業の市場参入を阻んでいるのが「法的な障壁」であれば、政府は今にもモジュール化しそうなインターフェースを特定・開放して、イノベーションと競争を促進することができる。他方、阻んでいるのが「技術上、業務上の障壁」であれば、政府の措置はあまり効果がない。
規制緩和や規制改革などで「法的な障壁」が取り除かれると、イノベーションの事業化を目指す企業の商業的活動は活発化する。しかし、企業が事業を進めるための「法的能力」を持ったからいって、それを行う「技術的能力」や「業務能力」を持っていることにはならない。
原則3:「ジレンマ」から抜け出すのは困難で時間がかかる
「ジレンマ」においては、政府が措置を講じるのに時間がかかる上に、それが成功する見込みは薄い。とはいえ、政府が「基礎研究」に的を絞れば、企業のジレンマ脱出を手助けすることができる。
競争が停滞している既存市場において、政府が急いで競争的な環境を生み出そうとするときは要注意である。あらゆる手を尽くして「動機づけ」と「能力」を同時に高めようとするあまり、法案が骨抜きになるからである。その結果、既存企業が悪質な操作を行ったり、新規参入企業が規制緩和により生まれた短期的な機会に乗じる貧弱なビジネスモデルを作ったりと、悪い影響をもたらす。
「ジレンマ」では、一気に市場の変革を図ろうとするよりも、次の措置の方が効果的である。
- 「動機づけ」と「能力」の問題のうちの一方に集中する
- 政府が片方の問題に集中して対応するのであれば、もう片方の問題を起業家自身が対処するための環境を作る必要がある。
- 動機づけは予測不可能であることから、政府が能力を促進するような政策から始めた方が、成功する見込みは高い。
- 「参入する動機づけはあるが能力に欠けるプレーヤー層」を政府が特定できるのであれば、大きな効果が期待できるだろう。
- 破壊のプロセスを加速するような政策を考案する
- イノベーションへの障壁があまりにも多い場合や、障壁があまりにも根深く対処できない場合は、破壊を促すことが得策である。
- 破壊を加速させれば企業は隣接するさまざまな市場から飛び出し、変化が遅々として進まないように思われる市場に劇的な変化を強いるだろう。
- 政府による放任的な措置は、企業の自力を底上げし、破壊を促進するだろう。
<参考文献>
クレイトン・M・クリステンセン (著), スコット・D・アンソニー (著), エリック・A・ロス (著) (2014)『イノベーションの最終解』翔泳社